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2.海外の風景
 イギリスの鷹狩
 ・第一回鷹狩の祭典
 
3.史料の保管
 日本の鷹狩文化
 海外の鷹狩文化
 交流の記録



イギリス「第一回鷹狩の祭典」
 2007年、イギリスの鷹匠達や所属団体によって協議されるHawk Boardが中心となって世界の鷹匠のための第一回鷹狩の祭典(Festival of Falconry)が開催されました。この祭典は国際的な鷹狩りの協議会であるInternational Association of Falconry & Conservation of Birds of Prey(IAF)との連携により、世界的な無形文化遺産である放鷹文化を啓発するための試みであるばかりでなく、国や団体、宗派などあらゆるものにこだわらずに鷹匠たちが友好を深めるための祭典です。当保存会では宗家が主催者から招待されたため、門下生も参加することができました。
 主催者の言葉に「グリーン・フィールド・スポーツと称される鷹狩は猛禽、獲物、自然を決して衰退させないものであり、それを理解しない鷹匠はいない。だからこそ我々は鷹匠なのである」というものがあります。
 この祭典に参加して、維持可能な伝統猟法であるという想いは世界共通であると感じられました。今後この祭典がどのような発展を遂げるのか興味深く見守り、可能な限り協力するつもりです。


キルギスの鷹匠たち
キルギス共和国(旧称キルギスタン)の鷹匠たち。天山山脈を望む高原地帯に暮らす彼らの中には日本人とルーツを同じくすると言う人もおり、親日国としてとても歓待していただきました。彼らの文化活動の発展を願い、今後の交流を期待しています。


取材を受ける
第一回の祭典ということで地元のTV局が多く訪れており、私たちも上げ鷹の実演を披露した後で取材を受けました。日本で使われている伝統的な鷹の種類や使い方などについて説明しました。


カザフスタンの鷹匠
中央アジアから訪れた国々の中でもひときわ目を引いたのがカザフスタン共和国の鷹匠でした。伝統的な遊牧民らしく右手にイヌワシを据えています。他民族国家ながら豊富な資源を有し、中央アジアの大国として強い存在感を放っていました。


ハンガリーの鷹匠
 遊牧民であったマジャール人がウラル山脈を越えて現ハンガリー盆地に入ったといわれるだけに、ヨーロッパの国でありながらアジア的な雰囲気を醸し出しています。彼らの祖先は鷹であったという伝説があるほどに鷹狩の歴史は長く、遊牧民の名残をとどめて今もなお、あえて右手に据える鷹匠が残っています。現在鷹師が使用されているヴィズラは鷹犬として彼らに従ってきた非常に原始的な犬であり、特に鷹を愛好する鷹匠たちに世界中で愛されています。


鷹狩資料館
 アメリカのハヤブサ基金(Peregrine Fund)の敷地内には、放鷹文化の史料を保存する資料館(The Archives of Falconry)があります。最初はアメリカの文化を保存する目的で設立されましたが、現在は世界の放鷹文化を保存する役割を果たしています。当保存会では初代館長のケント・カーニー氏に徳川記念財団より許可を得て屏風絵の鷹の写真を寄贈しました。カーニー氏はかつて日本を訪問し、花見氏の案内で埼玉鴨場に入り渡り鳥の調査をされたそうです。高齢ながら現在も名誉館長として元気に活動されています。


王様の仮装をした鷹匠
 会場内には伝統的な装束で参加するよう推奨されていますが、必ずしも鷹匠の装束でなくても構いません。このため王様や貴族など思い思いの格好で参加されている方がいました。これも祭典の醍醐味と言えるかもしれません。


日本のテントを訪れる来場者
 祭典では日本の放鷹術の一部を披露するため実演を行いました。日本からの鳥の輸出が時期的、書類の手続き上困難であったため、現地でワキスジ(セイカー)ハヤブサを借りました。


祭典会場
 ウィリアム卿の御厚意により広大な敷地をお借りして開催されました。現在もお住まいであるため、城近くに近づくことは禁じられています。夜間になると鹿が下りてくるようでキャンプをした人々は沢山の糞に悩まされたそうです。


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