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御鷹場通信は諏訪流放鷹術研究所 所長のブログです
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無意識2010年 12月 27日 (月) 1時 20分
 先週久しぶりに母と銀座に出かけ、閉店間近の西武などを見て回りました。変わりゆく街並に感慨深い様子でしたが、新しい風景とともにまた沢山の思い出をつくってあげられればと思いました。
 母は霊感はないのですが勘の鋭い人で、電話で話をしていても声の質から無意識に私の体調がわかるそうです。私の高校時代、いつも犬と散歩している道を今日は通りたくないと言ったことがあり、同級生はその数日後、駅に向かう通学中に交通事故で亡くなりました。
 私にそのような感覚はありませんが、寺社によっては足を踏み入れる前に、ここは合わないなという不快な感覚に襲われたりすることがあります。「あれこれ迷った時には直観を信じた方が良い」という言葉には、生物的な本能が影響しているのかもしれません。
和光ビルのイルミネーション
 長い間、無意識に生き方を選んできたように思っていましたが、今年は意識して選ぶ必要性についても考えさせられる一年でした。意識と無意識の狭間は常に身近に存在しており、哲学的な感覚で捉えるまでもなく、鷹の訓練から日常生活まで日々感じることができます。

モロッコ紀行22010年 12月 25日 (土) 0時 51分
 訓練施設の責任者は昨年もお会いした方で、皇太子の鷹狩に同行されるため多忙でしたが、「もうお客様ではなく家族だから」と、手料理を振る舞ってくださるなど、とても気を遣ってくれました。実際、鷹匠たちは全てその方の親族で、まさに大家族にホームステイしている感覚で過ごすことができました。
 代わりに留守を預かる若手の鷹匠もやはり何度も見たことのある方で、ハヤブサの健康状態から敷地内のスタッフ全員の日用品の管理まで、全てに細かい配慮をされていました。ハヤブサの扱い方、訓練のレベルに応じたルアーの振り方等、高い技術を持っており、かつ非常に熱意のある努力家でした。
 昨年も感じましたが、1人の鷹師あるいは責任者が1シーズン80〜100羽前後のハヤブサの体調を全て把握し、訓練の度合いを決定するというのは容易ではなく、責任の伴う仕事であると実感しました。忙しい中、実際にハヤブサを使い訓練の一つ一つを体得させる形で指導してくださったおかげで、日本との共通点や差異等を含めて包括的な訓練方法をとても理解しやすく学ぶことができました。
訓練施設の敷地内にて
 海外で訓練方法を学ぶということは、鷹匠にとって良い研鑽になるばかりでなく、海外の文化を理解するという意味で非常に意義深いものがあると思います。今回の旅では普段はあまり触れてはいけないように思われたパレスティナ問題から宗教の話まで、気取らずに話すことができたという意味でも貴重な体験となりました。

モロッコ紀行12010年 12月 25日 (土) 0時 16分
 9月下旬から10月下旬まで、放鷹術の研修のためモロッコに滞在していました。長旅のため、ここでは簡単な御報告だけにさせて頂きます。
 これは昨年UAEのムハンマド皇太子所有の御鷹場で体験させて頂いた鷹狩に引き続き、同地で訓練技術を学ばせてあげようという御厚意によるもので、日本の現状や伝統文化に理解を示して下さるUAE政府の寛大さにはいつもながら感激するばかりです。このような機会を与えて下さったことに、言葉に言い尽くせないほど感謝しております。
 アラブの鷹狩文化は、先進的な技術を積極的に取り入れる一方で、伝統的な技術や道具を保存する意識も強く、ベドウィンとしての彼らの文化的なルーツであるというゆるぎない誇りと伝統観によって支えられています。またひとことでアラブとまとめがちですが、湾岸諸国だけに限ってみても訓練方法や道具の使い方等に若干の違いがあるようです。現在は王族以外でも鷹狩を楽しむ民間の方々もいるようですので、端的にアラブ式と言っては語弊があるように思われます。認識不足の中、語弊を恐れずにあえて限定させて頂くなら「王族に仕える鷹匠たちが伝承しているエミレーツ・スタイル」と言っても良いのかもしれません。
雨あがりの虹
 初日はアブダビ空港からエティハド航空でカサブランカ空港に早朝に到着、小型機で御鷹場内に移動、休む間もなく車でフーバラの繁殖施設を見学、さらに車でハヤブサの訓練施設まで移動という慌しい一日となりました。翌日からハヤブサを一羽担当して訓練させて頂き、毎日午前5時半と午後4時に訓練に出かけ、それ以外は食事、休憩、据え回し等、お祈りの時間以外は鷹匠たちと全く同じスケジュールで過ごしました。

冬至2010年 12月 21日 (火) 21時 42分
 11日、愛知県一宮市で第二回放鷹講習会が実施され、鷹師がこれに協力致しました。これは地元の有志の御招待によるもので、流派や形式といった様々な枠を越え、伝統的な日本の放鷹文化について理解を深めるための試みと伺っております。当日は女性を中心に初心者から経験者まで全国から多くの方々が参加してくださったようで、お役に立てることを非常に嬉しく思います。
 当保存会は諏訪流鷹匠を育成することを目的としていますが、それはこちらが指導できる基本となる形式を説明するものであり、日本の放鷹文化においてはその一部でしかありません。が、諏訪流であれ、何であれ、伝統文化の入口に立つきっかけを得ることができたなら、そこから個々が刺激を受け、やがては包括的に文化を捉えることができるのではないかと思います。短い時間で伝えられることは限られておりますが、放鷹術の心得を知りたいと思う皆様に呼んで頂けることを光栄に思います。どこでも伺いますのでお声をかけて頂けば幸いです。
 私は諏訪流鷹匠ですが、同時に日本の鷹匠であることを常に意識するようにしています。それは、鷹匠であること、そして日本人であることを誇りに思うことができれば、日本のために何をしたらいいか、何ができるのかを考えることができるからです。今後も放鷹文化を守りたいと思う方々と協調できるよう願ってやみません。
冬至の二日前


義士祭20102010年 12月 15日 (水) 23時 27分
 12月14日、今年で21回目となる義士祭が行われ、当保存会からも数名が協力致しました。今年は中央区区長の御挨拶を頂き、その後に築地警察署の交通安全のための写真撮影に協力致しました。それから銀座から泉岳寺まで向かう道すがら、増上寺で休憩をとりました。薄曇りの天気ながら、それほど寒くもなく盛況だったようです。国内のみならず海外のTV局が取材に訪れており、日本人の義理と人情についてインタビューを受けました。
増上寺前
『家康公と鷹狩り』2010年 12月 11日 (土) 12時 49分
11月27日、静岡県浜松市において放鷹文化講演会『家康公と鷹狩り』に協力致しました。浜松城は家康公が29歳〜45歳までを過ごされた城であり、江戸時代に浜松城の城主となった大名は1年以内に必ず出世したことから「出世城」と言われ、大変縁起の良い場所とされたようです。残念ながら現存する城は当時のものより縮小されているそうですが、天守閣からは浜松市全体を見渡すことができました。
 当日は澄みきった空が高く感じられるような暖かい快晴で、多くの皆様に見学にお越し頂きました。カラスがちょっかいを出しに来るのは相変わらずでしたが、初めてオオタカを調教して臨んだ門下生が順調に技を披露するなど、良い点も見られました。個人的にも久しぶりに日本に戻った友人と再会するなど、楽しい交流がありました。
 実演は一般の方と鷹匠が触れ合うことのできる貴重な機会です。鷹匠を目指し、実際に鷹狩をすることも大事ですが、それだけが文化を支えている訳ではないことを実感させてくれます。狩も実演も文化の一部であり、それだけ鷹狩が多様な表現の可能性を秘めた懐の深い文化であるとも言えます。お越し下さった皆様の御理解を頂けること、そこから何かを感じて帰って頂けることは、鷹匠にとってこの上ない喜びです。
鷹匠体験の様子
 その後の講演会も盛況で、貴重なお話を伺い、浜松名産の鰻を頂いて帰途に就きました。
 今回の講演の最中、ふと今までになかった不思議な体験をし、後で長く同文化に携わっている知人から全く同じ感覚の言葉を聞いて、びっくりしました。共感できる人とできない人との間には、似たような経験の有無だけでない何かがあるのかもしれません。
 本実演会ならびに講演会開催に際し、多大な御協力ならびに御尽力を下さいました静岡文化藝術大学、浜松市、鷹書研究会、実演に華を添えてくださった遠州守護遠州鎧仁會、ボランティアとして協力してくださった同大学学生ならびに浜松市役所関係者の皆様、そして足を運んで下さいました全ての観客の皆様に厚く御礼申し上げます。

晩秋2010年 12月 08日 (水) 2時 08分
 先日、見逃していた『龍馬伝』の最終回を見ました。魅力は様々ですが、同作品では坂本龍馬と岩崎弥太郎の友情が強調されている点がストーリーを面白くしているように思いました。彼らの仲が本当はどうだったのかは当人たちしか知り得ないことです。が、同時代を生きる盟友として異なる分野に才能を発揮した両名の生き方は、対照的のようでありながら「日本を変えたい」という共通の思いによって支えられていたのではないかと思います。
 高橋是清もアメリカへ奴隷として売り飛ばされてしまったように、幕末から明治へと移行する波乱の時代、アジア人である龍馬がもし生き延びていたとしても世界を見て回ることは容易ではなく、多くの困難が待ち受けていただろうと思います。が、もしかしたら彼しか思いつかないような奇想天外なアイディアを生んだかもしれません。
 晩秋の山道は松葉と散りかかる紅葉で覆われ、柔らかくそして滑りやすくなっています。8月の汗ばむ陽気の中で撮影した『ブラタモリ』がはるか昔のことに思えるほど、年末はせわしない気分ですが、足元を確認しながら一歩一歩、焦らずに歩んでいきたいと思います。
散りかかる紅葉

『宇都宮と鷹狩』2010年 11月 25日 (木) 23時 46分
 11月14日、宇都宮市で開催されました放鷹文化講演会『宇都宮と鷹狩り』に協力致しました。御報告が遅れましたことをお詫び致します。
 宇都宮流は諏訪流と並び、中世に非常に力を持っていた贄鷹の流派ですが、鷹書研究会による近年の研究によれば、宮廷の鷹の流派の影響が強く示唆されているようです。
 当日は早朝に二荒山神社を訪問し、奉納神事を行いました。宇都宮氏が改易されて以来およそ400年ぶりとなる行事をさせて頂くことは非常に光栄で意義深く、宮司様を始めとする関係者の皆様の御配慮のお陰で無事に執り行うことができました。
園内の様子
 その後、宇都宮城址公園に移動し、放鷹術の実演を行いました。カラスの群れが騒ぎ立て、ビルの屋上から見ていたと思われる野生のハヤブサにハトを奪われるといったハプニングはありましたが、むしろ近年の街中では多分に見られる光景と言えます。このようなことは訓練中でも起こることなので、落ち着いて今季初めてとなる実演を終えることができました。鷹との触れあいを楽しんでくださった皆様には、良い思い出となって頂けたなら幸いです。またその後に実施された文化講演会にお越しくださった多くの方々にも感謝申し上げます。お陰様で、実演会及び講演会を合わせて約1000人の方に御来場頂くことができました。
 狩をしてもしなくても、鷹を飼育されている方なら誰でも、鷹の調整に日々貴重な時間を割かれていることと思います。鷹の本能的な生き方を満足させ、少しでも鷹にとって良いことをしてあげたいと思えばこそで、たとえば犬でも良質な餌を与え可愛い服で身を飾ってやるだけでなく、彼らの感覚や本能を刺激させて喜ばせてやることで、ストレスを軽減させてあげたいと思われるのではないかと思います。
 鷹の生き方、食性などを初めて見聞きし、最初はびっくりする子供たちが理解して次第に近寄ってくる様子を見ると、幼い頃の様々な経験を思い出します。物事は善悪や理論で片づける以前に新鮮な驚きに満ちており、たとえ映像で見て知っていると思っても、実際に体験することで感性はより深く刺激されるように思います。

冬のバラ2010年 11月 20日 (土) 15時 41分
しばらく体調不良が続いたためか集中力を維持するのが難しく、いまさらながら心身が一体であることを実感しました。普段の生活に戻り、ようやく感覚が戻ってきたような気がします。猟期が始まっていますが、私も鷹も体力を取り戻す必要を感じています。
 紅葉が盛りとなり、夜間の寒さに冬の訪れを体感する中、庭のバラが
わずかに蕾をつけてくれました。四季咲きとはいえ特に栄養を与えておらず、暖冬でもないのに、なぜか今年は頑張ってくれているようです。厳しい環境の中で、あえて咲こうとする力には刺激を受けます。
冬のバラ

動物感謝デー20102010年 11月 01日 (月) 0時 16分
 冷たい雨と寒さはさることながら、台風がもたらす湿度に日本らしさを感じました。しばらく更新が滞っておりましたが、鷹狩に関する研修のためアブダビよりモロッコに移動し、長期滞在しておりました。これにつきましては、改めて御報告させて頂ければと思っております。
 10月2日、動物感謝デーが開催され、当保存会はこれに協力致しました。2007年より実施されている同イベントには、2008年より協力させて頂いており、本年で3年目となります。
 開会式では昨年同様、大橋鷹匠のハリスホークによるセレモニーが行われました。参加された鷹師、大橋鷹匠、森谷鷹匠、他門下生らによれば、昨年にも増して非常に盛大な催しとなったそうで、当日は真夏日のような暑い一日だったにも関わらず、獣医大学や専門学校の学生らが参加され、また地元に暮らしている多くの皆様が自慢の愛犬らとともに来場されたようです。
感謝デーの様子

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