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御鷹場通信は諏訪流放鷹術研究所 所長のブログです
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2010年 5月 31日 (月) 1時 11分
 先週の満月を夕焼けモードで撮影してみたら、夕陽のようなぼんやりとした写真になりました。普通は失敗作なのだろうと思いますが、影絵のような雰囲気がなんとなく気にいっています。月への旅行さえ現実のものとなりつつある現代、科学の進歩に対応するように、人間の身体も変化しているような気がします。心があまり変化していないような気がするのは、それぞれの早さに差があるためかもしれません。
 学部生の頃、インフォームド・コンセントに関する授業で提出した課題を、翌週に褒められたことがありました。大教室の中、一人名前を呼ばれたのに名乗り出ることができなかったのは目立つことが恥ずかしかったからですが、今はその勇気がなかったことを恥ずかしく思います。
 告知に関する判断というのは精神力の強弱にもよりますが、生き方も強く影響するのではないかと思います。その課題の詳細は覚えていませんが、ジョン・ウェインとガン治療を例にして、私なら病名を知りたいし、治療方法にも関わりたいというような結論で終えたことを記憶に残っています。私が病気になったり、老後と呼ばれるような年齢に達した時に同じように思っているかどうか、また自問したいと思います。
竹林の上にかかる月
 ただし、原因については過去を知ったからといってどうにもならないので知らなくてもいいような気もします。無念や悔やまれる気持で落ち込むかもしれないからです。それでも当時砂漠での度重なる核実験を知らされずに出演していたと言われる、多くのウェスタン俳優がガンで亡くなっていることを思うと、哀しいものがあります。彼らがもしそれを知ったら政府と闘ったはずで、たとえ人体に全く影響がないと言われたとしても、少しでも疑いがあれば撮影場所を変える等の対応ができたのではないかと思うからです。

2010年 5月 28日 (金) 23時 25分
 スギ林にかけていたリスの巣をカラスが落としてしまいました。スギの皮を細かく裂いて綿のように作り上げた暖かそうなそれを、2羽のカラスが引っ張りあい、奪いあってバラバラにしてしまいました。確認できませんでしたが、おそらく中に子どもがいたと思われます。
 繁殖期、すべての生き物が生き延びるために必死になっているとはいえ、以来リスたちはぱったり姿を見せなくなりました。非常にすばしっこく林の中を動き回るためなかなか撮影できませんが、冬にも見かけましたので、来年もまた巣をかけに来てくれればと願っています。
 無事に巣立ちできたとしても、初めて世界に飛び出したばかりの若い生き物たちには沢山の試練が待ち受けており、生きるか死ぬかはほんのわずかな期間に決まってしまうので、非常に厳しい世界だと思います。
唯一撮影できたニホンリス
 生死を決定するものが何なのかはわかりませんが、生き残るものには能力もさることながら、強い意志と生命力があるではないかと思います。あとは運も左右するとは良く言われるところです。
 私は運が良いと思ったことはありませんが、前述の自転車だけでなく、車の事故には数回あったのに今のところ無傷でいられています。それ以外にも何度か運のようなものを感じた経験がありますが、だいぶ使ってしまったので同じような事故があったら次はないような気もします。同じ失敗をするなという暗示なのかもしれません。
 ただ一つわかっているのは、生き残っている限りは、私にも何か役割やできることがあるのだろうということです。それが何なのかはわかりませんし、誰かに教えてもらうものでもないのだろうと思います。亡くなる直前では遅すぎるので、もう少し前にわかればいいなと思います。

自転車2010年 5月 26日 (水) 22時 06分
 私の車の前を自転車で走っていた若い女性が、スッと右手で右折の合図を出して横切って行きました。とても自然で慣れた動きで、車を意識して合図を出されているのは良くわかりましたが、私なら合図だけでなく振り返って確認するだろうと思いました。
 このような合図は言葉ではないコミュニケーションの一部であり、共通認識がなければ通じないものです。非言語を不確かに感じられる方もいるかもしれませんが、かといって同じ言語で話していても100%相手が理解しているのかどうかを確認する術はなく、そのような考え方自体、非現実的と言えるかもしれません。動物は快不快の感情を様々な形で表現してくれるので察しやすいように思いますが、人間は感情を示さない場合が多いので、察するというのは難しいものです。
 自転車といえば、子供の頃に自転車で車道と歩道の間を走っていたら、段差ですべって車道側に真横にバッタリたおれて寝転んでしまったことがあります。目の前で止まったドライバーの顔を思い出すと、恐さを感じたのは私よりもむしろその方だったのではないかと思います。
杉の木から飛び立つノスリ
 自転車は健康的でゆっくり景色を眺められますが、春や夏は多くの生き物が存在を主張する季節なので、それを目で追いよそ見しやすい私には向いていないかもしれません。

中原街道時代まつり22010年 5月 24日 (月) 16時 28分
 当日22日は実演の準備の後、御鷹狩行列に参加しました。行列では川崎市長を始めとする地元の行政、教育に関わる方々が中心となって時代装束を身にまとい、時代絵巻を再現されました。鷹を据えての御鷹狩行列は私達にとっても初めての経験で、四方を人とカメラに囲まれ、道路に反射する日差しも強く歩くだけで息があがるような気温の中、鷹は良く我慢して据えられていたと思います。
 が、行列直後に行われた実演では、結果的に言えば鷹師の鷹一羽にすべての技を頼る形になってしまい、門下生として恥ずかしく、また多くの鷹を見たり体験したりするのを楽しみにされていた観客の皆様に御迷惑をおかけして申し訳なく思います。鷹師も自身が技を披露されるよりも皆が頑張る姿を見ることを楽しみにされているだけに、無事に終了したとはいえ帰途に就く頃は少し寂しげでした。
 個人的には予定した演目の前に予定外の演目をフォローするつもりが果たせず、鷹を会場外の林に迎えに行くことになってしまい残念でした。後から考えるとオオタカでは最初からその演目が厳しいとわかっていながら、なぜ演出方法についてその場で変更などの対応ができなかったのか不思議で、平常心でいたつもりでもやはりどこか余裕がなかったのかもしれません。まつりにお越しくださった人々が通り抜ける林の中、私の姿を見つけてホッとしたように寄って来た鷹の姿に嬉しくなると同時に、迎えが遅れたことを詫びて一緒に会場に戻りました。
御鷹狩行列の様子
 帰りの車中、オオタカによる鷹匠体験の可能性についてずっと考えていたら眠くなり、ハッと目が覚めたら実現性の高いアイディアが浮かびました。あまり見栄えが良いとは言えず、鷹によってはできない場合もあるかもしれませんが、少なくともお客様をお待たせしないよう不測の事態に備えられるような気がします。今頃気づくなんて、という思いもありましたが、他にも色々思いついたことがあり、結果は不満足でもなんだか頭のスッキリした一日でした。門下生からも後ほど実演前の準備に関して、活発な意見が聞かれました。
 言うまでもなく、不測の事態というのは歓迎されることではありませんが、経験したことのない内容に挑戦することによって得られる感覚は必ずあります。鷹匠との関わりによって鷹の能力が広がるのを見るのは楽しいことですが、同時に彼らの個性に触れることで自らを省みる機会も多々あり、まさに「鷹は鏡」と感じるばかりです。
 様々な機会を通し学ぶことができる状況を幸いに思い、来季は鷹に負担をかけない部分でさらなる工夫を凝らすことを楽しみに、鷹を塒に入れました。ゆっくり休んで健康に暑さを乗り切って欲しいと思います。
 今回の御鷹狩行列及び実演の開催に際し、主催の中原街道時代まつり実行委員会ならびに共催のNPO法人日本伝統文化福祉振興協会、また川崎市長を始めとして地元で尽力された全ての関係者の皆様、御観覧くださいました皆様に厚く御礼申し上げます。

中原街道時代まつり12010年 5月 24日 (月) 15時 33分
 5月22日、神奈川県川崎市で第10回目となる中原街道時代まつりが開催されました。これに先立ち、前日の21日には特別歴史講演会『将軍の鷹狩と中原地域』が行われ、江戸時代から現代に繋がる中原地域の歴史を知ることができました。
 講演をされた村上先生とは2回目、根崎先生とは初めての出会いでしたが、歴史に関する造詣の深さに敬服するのは当然ながら、とても気さくな人柄で誰でも理解できるように話を工夫される姿勢に深い知性が伺われました。中野先生による徳川家康公の狩装束の着装実演も大変面白く、宮廷と武家の装束の違いを説明しながら披露して頂けたのでとても勉強になりました。史実にのっとった着装の出来る方は今ではほとんどいらっしゃらないそうで、時代劇との違いも知ることができました。
 当日拝聴に駆け付けた門下生の中には学生のように熱く質問を重ねる者もいて、歴史学に対する強い情熱を知り新鮮に感じました。このような催しのおかげで、専門家の知見を学ぶことができるばかりでなく、異業種や地元の方々と交流することによって文化的に幅が広がるので、非常に良い試みに感じました。先日お伺いした春季例大祭でお会いしたばかりの徳川家の親族の方と御学友であった方が地域の行政に携わっていらっしゃるなど、意外な縁を知る機会もありました。その方も不思議な縁で川崎に根づいた活動をされているとのことでした。私もそうですが、子どもの頃には思いもしなかった人生を歩んでいることにも、きっと何か意味があるのだろうと感じることがあります。
着装の様子
 時代まつりでは年々歴史的な深みを増している様子が感じられ、このような催しを地元の女性たちが中心となって行っていることも興味深く、高島先生を始めとする皆様の熱意にはいつも励まされております。 今後の益々の御活躍、御発展を祈念しております。

春季例大祭2010年 5月 23日 (日) 14時 37分
 先週の夜、糸のように細い新月とひときわ明るく輝く金星がくっつきそうなほど接近して見えるところを、偶然眺めることができました。しし座流星群のような空一面に星降る景色も感動的ですが、月や普段見える星々が見せてくれる変化には日常的な楽しみがあります。阿倍仲麻呂ではありませんが、海外で眺める月がなぜか切なく感じるのは、国内で眺めている家族や知人のような普段はそれほど意識していない人との繋がりを感じるからかもしれません。
 5月17日、日光東照宮で執り行われた春季例大祭に招待され、鷹師とともに鷹匠も揃って出席させて頂きました。伝統あるこのような祭礼にお招き頂き、宮司様を始めとする関係者の皆様の御配慮に心より感謝申し上げます。
 徳川御宗家ならびに水戸徳川家など、徳川家あるいは縁のある家系の方々が数多く参列される中で、現代まで途絶えることのない歴史的な行事に諏訪流鷹匠として加えて頂けたことはこの上ない名誉であり、非常に光栄な一日となりました。
賀茂葵の花
 御宗家からは鷹狩文化に対し、御理解と励ましのお言葉を頂きました。海外の文化にも非常に造詣の深い方でいらっしゃいますので、一定の評価を頂けたことは鷹匠にとって何よりの励みになりました。宵まで祭りを楽しみたかったのですが、鷹の訓練もありましたので小笠原流の流鏑馬を見学させて頂いた後に帰途に就きました。歴史的な説明から儀式、装束等、細部に至るまで、大切に伝え残すために非常に努力されている様子が窺われ、貴重な体験となりました。

感覚2010年 5月 23日 (日) 0時 19分
 夜中に音楽を聴きながら散歩中、ふと気がついたら2m位離れた眼の前にハクビシンが佇んでいました。お互いに出会いを意識していなかったためか、数秒間じっと見つめ合ってしまい、どうしようかと思案にくれていると、ハクビシンは目をそらしゆっくり通り過ぎて行きました。敵意や警戒心など、何かを意識するとすぐにそれが伝わりなかなか近づけないものですが、よそ見をしていたり無意識の時には近づけることがあります。
 鷹を始めるようになってから、野生の生き物が身近に想像以上にたくさんいることに気づけるようになったような気がします。都市は人間がつくったテリトリーですが、決して人間以外の生物が入れないような空間ではなく、またそうであってはならないのだろうと思います。
 夜に鷹を据えていると、鷹が空を見上げることがあります。おそらく私が見えないような鳥や小動物も見えているのだろうと思いますが、ひょっとしたら風の動きや気圧の変化など、生存に必要な情報を感覚的に捉えているのではないかと想像することがあります。人間の感情も月の満ち引きに影響されると言われるように、生存本能に関わる感覚はどんなに便利な時代になっても残るのではないかと思います。
ヤマユリの芽

清水公園20102010年 5月 20日 (木) 0時 35分
 ご報告が遅れましたが、4月25日、野田市清水公園にいて放鷹術の実演を行いました。ご観覧にお越しくださいました皆様に感謝申し上げます。
 前日までの雨や寒さとうって変わり、当日は汗ばむような好天に恵まれました。当地での実演もお陰様で3年目を迎え、リハーサルを重ねたにも関わらず、本番で今までにないハプニングが起きてしまいました。放鳥器のバッテリーが使用直前に切れる、発電機のバッテリーが途中で落ちるといった予想外の電気系統のトラブルに、内容の一部を満足できる形で披露できなかったことを心よりお詫び致します。
 様々な状況の中で毎回完璧な披露を行うことは容易ではありません。が、地元の森谷鷹匠を始めとして多くの門下生が予定を調整し、当日の体調が万全でなかった人も頑張ってくれました。御意見もあろうかと思いますが、今後このようなことの無いよう万全の注意を行って臨みたいと思いますので、御理解頂ければ幸いです。
振替をする森谷鷹匠
 個人的には自分の動きの中に普段通りでない点が1点あり納得がいきませんでしたが、鷹の動きは普段通りで、肉色当てについても大胆な調整が結果的にうまくいったことで非常に得られるものがありました。良くも悪くも、明日につながる一日になったと思います。

春の一日2010年 5月 10日 (月) 15時 39分
 穏やかな好天が続き、気晴らしに里山を歩けばフジやキリの花が咲きほこる姿を楽しむことができます。青みがかった薄紫の花は目に優しく、柔らかな色調が癒されます。
 9日、鷹道具の機能を理解し、作成するための月例講習会が行われました。鷹道具を作ることは、歴史的に見れば必ずしも鷹匠の役割ではないのかもしれませんが、現代に生きる鷹匠にとっては伝え残すべき貴重な知識や技術の一部となっています。最初は困難に思えても、次第に慣れて上達していく過程はどのような分野でも同様です。
 庭ではエナガがやって来てさえずる姿が見られました。近くに巣があるのかもしれず、つがいの子育てを助けるヘルパー個体も来ているかもしれません。ヘルパー個体の多くは若いオスのようですが、他のつがいの子育てを助けることで、自分が子育てをする時の経験となるのでしょう。誰かを助けたり、支えたりということは目立たない地味な作業ですが、能力が無くてはできないことですし、そのような相対的な行為が一体となることで互いに深い経験が形成されるのではないかと思います。
エナガ
 人間は経験のある者がバックアップに入り、若い者が望まれる活躍を助けることもあります。どちらも責任と能力が必要であり、互いの役割を発揮することで良い刺激が生まれます。そのための環境づくりをすることによって、豊かな社会が育つのではないかと思います。

旅を想う2010年 4月 30日 (金) 13時 45分
 明日からの連休を前に、眠気を誘うような暖かさが旅に出かけたい衝動に拍車をかけてくれます。が、片づけなくてはいけない課題がある上に、どこに行っても人が多い気がして二の足を踏んでいます。人込みの混雑が好きな人がいるかどうかはさておき、意識していなくても神経は常に外部に対して張りめぐらされているものなので、それによるストレスを避けようとするのは、生物として身を守るための本能的な感覚なのかもしれません。
 最近眼が疲れやすくなってしまったため、電車内では音楽を聴いて過ごすことが多くなりました。音楽を聴きながら歩くのは、外部の音を遮断するだけでなく、刺激に対して感覚を鈍くすることでストレスを防ぐためでもあるような気がします。ハヤブサの頭巾や人間のサングラスも同様に、集中力を保つためには、あえて多すぎる情報をシャットアウトすることも時には必要です。
 オーストラリアに帰国している友人から、涼しい日本の春と仲間たちの健康を気遣うメールが届きました。ひとりの時間がいくら気楽でも誰かに気遣ってもらえるのは嬉しいもので、群れをなさないオオタカでも気遣う優しさがあるのを見るにつけ、社会的ではない生物など存在しないのではないかと思えます。
ヤマブキ

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