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御鷹場通信は諏訪流放鷹術研究所 所長のブログです
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懇親会2009年 8月 03日 (月) 23時 36分
 満開のサルスベリが散歩中の私の目を楽しませてくれます。色彩が強く開花時期の長い花木が気になるのは、はじけるような生命力に憧れるのか、あるいは私が夏生まれだからかもしれません。
 先週末、曇の合間をぬって、野外でバーベキューによる懇親会を行いました。幸い午後から良い天気にめぐまれたので、門下生が用意したサザエやアワビを日本酒で、マツタケを生醤油でいただいたり、牛のブロック5kgのローストを炭火焼きにしながらそぎ切りにしたりして、どれもとても美味しくいただきました。またダッチオーブンでウズラをローストしたり、野菜とウコッケイのカレーを作ったりして料理作りを楽しんだりもしました。ビールや釣ったばかりのアジなどの差し入れもあって、とても豪勢で楽しい食事になりました。
 今年は家族の体調不良や仕事で都合のつかない人もいたのですが、皆の工夫でとても和やかな週末を過ごすことができました。あろうことかカメラを忘れてしまったため、せっかくの食事を紹介できないのが残念でなりません。翌日は雨でしたが、アジのつみれ汁や残りのカレーがさらに美味しく感じられました。
サルスベリの花

火天の城2009年 7月 30日 (木) 18時 18分
 当保存会の賛助会員で直木賞作家となられた山本兼一さんの原作「火天の城」が映画化され、9月12日より全国で公開されることになりましたので、お知らせいたします。
 火天の城は2004年、松本清張賞を受賞された小説で、織田信長と熱田の宮大工岡部又右衛門との安土城普請をめぐる葛藤が生き生きと描かれています。番匠(大工)や石工といった匠を扱う珍しいテーマながら、邪魔をする者あり、非協力的な者あり、体調を崩す者あり、現代的な感覚で共感することができるのも魅力のように思います。名を残した者もそれを支えた者にとっても、強い情熱とチームワークでことを成し遂げた時の満足感は、想像以上だったのではないかと思います。
 換算すればおよそ1000億円はかかると言われる安土城ですが、建築だけでなく、狩野永徳を始めとする一流の職人や藝術家が技を競った一つの巨大な藝術作品でもありました。二度と同じものは作れないそのような作品が焼かれてしまったことが残念でなりません。
「火天の城」パンフレット

オトギリソウ2009年 7月 26日 (日) 20時 09分
今年の初夏、オトギリソウが1本だけ生えてところを見つけました。蕾だった花は帰国する頃にはほとんど散りかかっていました。
 オトギリソウ(弟切草)は花山帝(在位984〜986)の時代、鷹の傷を治す秘薬として使われていたこの植物の秘密を、弟が他の鷹匠に洩らしたために怒った兄が弟を切り、その時に散った血が葉に点のように残ったという由来が良く知られています。兄の名を晴頼といい、日本で最も古い鷹匠の流派の一つとして知られる政頼流の源政頼(別字あり)の“セイライ”とも読めるあたり、数多く伝えられるセイライ伝説の一つとして広まったのではないかと思われます。薬となる植物の名前は鷹書等に残されており、オトギリソウも「口伝あり」と伝えられています。 調合方法を教えることが現在の製薬会社における新薬開発同様に高度な秘密であったどうかは想像しづらいですが、鷹を扱う技術が限られた情報であったことを示しているように思います。オトギリソウは消毒・外傷に効く漢方薬として今もなお広く使用されています。
 技における秘伝を考えると、個人の経験の中で包括的に体得されるため、達人ほどどこが大事かを説明することが難しくなるように思います。秘伝あるいはコツというものが1つの点のように存在していると考えること自体が誤解を招く原因でもあります。名選手は高い境地にいたるまでの過程を覚えていないという話をよく聞きます。コツの伝承方法に関する研究は科学的・文化的に盛んに進められていますが、解明から体得に至る方法論の確立にはいまだ時間を要するように思います。
オトギリソウの花
 結局のところ自ら体得してコツに到達し、新たな課題に気がつく、という過程を繰り返して上達をめざすしかないようです。とはいえ雑用に頭を悩ませる日々を過ごしています。

朗読者2009年 7月 24日 (金) 23時 17分
 長時間のフライトでの楽しみは映画が見られることです。今回のイギリス行きでは興味ある作品が多かったため、退屈せずにすみました。
 なかでも印象深かったのはスティーブン・ダルドリー監督「愛を読むひと」で、非常に重いテーマを淡々と丁寧に描いた切ない作品でした。愛のありかたを問う前に、なんのために人は学ぶのかを考えさせられました。映画の主題でもある「秘密」を守ろうとする女性が自尊心を逆に利用され、追い詰められていく過程が哀れでした。
 レイフ・ファインズは苦悩を抱えて生きる役がとても似合う俳優ですが、アカデミー賞最優秀女優賞を獲得したケイト・ウィンスレットが強い存在感を示していました。本作での受賞は大作より本来このような小品を好む彼女の生き方を後押しするようで良かったと思います。レディング出身と知り、見てきたばかりの風景が頭に浮かびました。
朗読者(新潮文庫版)
 原作「朗読者」の著者ベルンハルト・シュリンクは法律学者として現在もフンボルト大学法学部教授として教鞭をとられているそうで、映画ではブルーノ・ガンツ演じる穏やかで客観的な立場を守る教授の姿にその教育方針が窺われます。戦争や愛に対する抒情的な表現を廃し、限りなく簡略化した文章が複雑な心情を驚くほど見事にかつ温かく表現しており、とても聡明な方であることが察せられました。このような先生から学ぶことのできる生徒たちは幸せではないかと思います。
 学んだからといって苦悩は消えませんが、少なくとも無知がもたらす悲劇を減らすことはできるのではないかと思います。映画オリジナルのラストに、有知ゆえの罪悪感に苛まれる彼を救う監督の愛情を感じました。結末をどう捉えるかは人それぞれですが、人を救うのは法ではなく、法を扱う人の心なのだとあらためて実感しました。

暑気2009年 7月 21日 (火) 20時 29分
 小暑を過ぎて、いよいよ蒸し暑さが増したように感じます。
 7月19日、花見先生を偲ぶ会を行徳で執り行いました。今年も昨年の活動を報告し、門下生の努力を伝えました。昨年7回忌を終え、日々時の移ろいの早さを感じさせられます。が、今でもお見舞いに行った時の先生の姿などは昨日のように思い出されます。晩年に腰を痛めて入院された先生はさらに小さく見えましたが、意識はとてもしっかりしていました。お見舞いに伺った私たちにお茶でも出すよと気を遣い、頑張るよう逆にこちらが励まされました。花見先生は鷹に人生を賭ける鷹師の熱意と行動力を愛され、いつも見守ってくれていたように思います。自宅療養になってからお昼時に眠るように亡くなられたそうで、お棺の中の表情はとても安らかでした。
 宮内庁の鷹匠とはいえ、戦中・戦後の厳しい生活や放鷹文化に対する逆風を受けた時期は決して楽ではなかったと思います。それでも弱音を吐かずただ放鷹文化の復興を願い続けた姿には、山あり谷ありの人生を越えられた人が持つしなやかな芯の強さがありました。そのような強さをいつか持てるようになるのかわかりませんが、人に対する優しさは心の強さの表れなのだなと思えるようになりました。
徳蔵寺正門
 焼けつくような暑さの中、弔辞を読む鷹師の顔をなでるように柔らかな風がすり抜けたそうで、「ああ、今そばにいてくれたんだな」と感じたそうです。菩提寺となっている徳蔵寺は、徳川家康公が放鷹に出かけられた際に立ち寄ったとされており、現在も本堂内陣には7代将軍家継公までの尊牌が安置されているということです。

第2回「鷹狩の祭典」22009年 7月 18日 (土) 0時 57分
アートや鷹道具を積極的に販売するイギリス人やアメリカ人があれば、日がな一日飲んだり食べたりして過ごしている東ヨーロッパの人々もあり、各国の個性が見られるのは楽しいもので、私も時折他のテントを訪れてワインやお菓子を頂いたりしました。訪れる人々を楽しませる、魅せるための展示方法については、まだ様々な可能性があるように感じました。
 現在世界的に推進しているユネスコの無形文化遺産登録に向けた方針については、UAEを始めとする国家的な支援を受けた鷹匠組織によって来年にも良い話が聞かれることになると思われます。登録の如何を問わず、放鷹が無形文化として維持されるためには、鷹匠の努力はもちろんのこと様々な分野の知見を集約し広範な活動展開が望まれるのは常々指摘されるところです。が、鷹の世界に限らず、残念ながら日本人はなかなかそのような協力体制が容易ではないようです。その原因は「伝統的な教育の違い」にあると言われたことがあり、もしそうなら改善の余地はあるように思えます。
 今回の旅ではIAF会長に再選されたボンド氏やHawk Boardの代表チック氏を始めとする多くの方々の沢山のご厚意に触れることができました。毎年顔を合わせるEmirates Falconers’ Clubの方々、鷹師の長年の友人らとの話もとても楽しく、世界の鷹匠たちが交流をはかる場として、鷹狩を知らない一般の人に文化的な理解を求めることのできる祭典として非常に意義のあるものになりつつあることが感じられました。
「Falconry」 by Javier Ceballos
 なお、祭典を支える鷹匠の一人であるケスター氏から新しく出版された本が寄贈されました。またロシアやニュージーランドの鷹匠からも掲載誌を頂きました。

第2回「鷹狩の祭典」12009年 7月 18日 (土) 0時 26分
7月11日と12日、第1回と同じイギリスのレディングで第2回「鷹狩の祭典」が開催され、当保存会も再び参加いたしました。前日までの不安定な天候に比べ、2日間はおおむね好天に恵まれました。
 第1回に比べるとより商業的な要素が強くなった感がありましたが、おかげで一般の人々が楽しめる部分が増えたようで、驚くほど規模が拡大していることが実感できました。それに反対する国もあるようですが、賛同する国や個人が増えたことにより、放鷹文化を広く理解してもらうという本来の目的は維持されているように感じられました。
 今回はIAFの年次総会が祭典の機会を借りて実施されたため拝聴する機会もありました。IAFはその果たすべき役割について大きな転換期にあり、十分な活動資金を得るため商業的な方向性に発展することが報告されました。今後どのような目的で活動がなされるのか興味深いですが、各国の経済的な負担が上がることも予測され、世界的な不況の中、どこも楽ではないという感覚が伝わってきました。
パレードに並ぶ人々
 祭典は主催のHawk Boardのボランティアスタッフらによってスムーズに行われました。「資金は大事だがそれ以上に熱意あるスタッフが必要だ」とはあるイギリス人の言葉ですが、一つの目的を達成することを皆が理解し、協力しあう姿はすばらしく思いました。

梅雨明け2009年 7月 14日 (火) 23時 57分
 前回ペットの輸送の件で、鳥インフルエンザの話なのにうっかり犬を例に出してしまいました。鳥類全般に限る話であることを念のため訂正しておきます。
 週末にイギリスで開催された第2回鷹狩の祭典に参加してきました。詳細は追って御紹介したいと思います。雨がちで肌寒かったイギリスに比べて日本は例年より早めの梅雨明けを迎えたそうで、蒸し暑さにどっと汗が吹き出しました。
 ヒグラシやクワガタの姿に夏の始まりを実感しました。夏ばてのようなだるさが残っていますが、明日から新たな目標に向けて頑張りたいと思います。
ミヤマクワガタ(オス)

繁殖記2009年 7月 07日 (火) 22時 29分
 繁殖期を迎え、海外のブリーダーがニュースを届けてくれますが、日本は鳥インフルエンザの影響で輸出入もなかなか自由になりません。ヨーロッパではヒヨコに発症したとしても鷹に発症していないことを獣医が証明し、関係省庁が衛生証明書を受理すればEU内での輸出入が可能ですが、日本では当該国から鳥インフルエンザがすべて消滅しない限り、一切の動物の輸入を許可しません。
 逆に言えば、発症国である日本から犬などのペットを外国に連れていくこともできませんし、発症国の空港から出ずにただ経由しただけでも連れて帰ることもできなくなってしまうのです。徹底した予防策かもしれませんが、渡り鳥を入国させないことは不可能であり、ヒトのインフルエンザが渡航経験の無い人でも発症したことを考えれば、普段から免疫力を維持するという各自の防衛策が大切なのではないかと思います。
 日本でも雛の育雛や繁殖がなされていたことを窺わせる絵画が残されていますが、残念ながら現在ではそのような技術の伝承はなされていません。鷹書においても病気の治療法が多く見られるのに対し、基本的な飼育方法同様、雛の育て方などは秘伝というよりはわざわざ記すほどに重視されていなかったのかもしれません。欧米に比べて、日本では家畜やペットを改良するという感覚が希薄だったためかもしれません。伝統的な繁殖記・育雛記なるものがあればぜひ見てみたいものです。
巣鷹を育てる鷹匠(部分) (c)絵本鷹かがみ

鷹笛(呼子)2009年 7月 06日 (月) 11時 10分
 前回車両の長さを引き合いに出したら、早速JR(旧国鉄)では20mが標準であるという御指摘のメールを頂きました。無責任に専門外のことを引き合いに出して申し訳ありませんでした。細かいところを見てくださっている人がいることを考え、今後は気をつけたいと思います。
 今年の月例講習会における道具製作では、江戸時代の諏訪流の家柄に伝わる鷹匠の鷹笛(呼子)を作りました。これは諏訪流の家系の方の蔵から出た古い道具について鷹師が鑑定を依頼された経緯から、特別に許可を頂いて再現されたもので、折れた矢を廃品利用して作られたものでした。昔の人の物を大切にする心を感じました。
 市販の呼子と異なり、鷹鈴のように転がるような涼やかな音がします。笛には鷹の名称が書かれており、音の違いを生かして当時鷹一羽一羽を鷹笛によって呼び分けていたことがわかりました。
お預かりした鷹笛(呼子)

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