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御鷹場通信は諏訪流放鷹術研究所 所長のブログです
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シャガ2009年 5月 20日 (水) 1時 12分
 ようやく腫れが引き、傷口もふさがって犬が元気になりました。食欲も通常に戻りつつあるようで、まずはひと安心です。
 日陰の林間にシャガが咲きほこっています。中国原産というこの花は非常に歴史が古く、改良されないままほぼ原種の姿を伝えているそうです。朝に咲き夜に散ってしまう儚さと、病気に強く栄養や日光の十分でない環境でも育つ強さが共存していることがなんだか不思議に思えます。生物や植物が原種のまま生き残る場合があるように、全ては変容をまぬがれないと思われる世の中でも、案外人間の身体的特徴や考え方には遺伝的に変わらぬまま続いている部分があるのかもしれません。
 雨の日は肌寒く、晴れの日は真夏のように暑くなるなど寒暖の差が激しいため、鷹は8月よりむしろ5月、6月の方が体調を崩しやすいようです。ただ、最近は餌動物や施設の管理が良くなったためか病気の話を聞く機会が減りました。
シャガの花

ウノハナ2009年 5月 13日 (水) 13時 15分
 夜更かしや徹夜などは3日位続けても平気だったのが、なかなか出来なくなってしまいました。体力の衰えを感じるようで残念ですが、健康に留意するようにという身体からの信号なのかもしれません。長く好きなことを続けられるよう、生活の改善に向き合わなくてはいけない時期に来ているのかなと感じています。
 1週間ほど前、犬がヘビか何かに咬まれたようで最初は目立たなかった傷が悪化して腫れてしまいました。知人に犬に血清などは使わないと言われたので、栄養剤などを与えながら毒の引くのを待っているのですが、食欲がないのが心配です。普段ちょっとしたことで鳴くのに、痛そうな態度を見せずにジッと耐えている様子がかえって痛々しく見えます。幸い少しづつ元気になってきたので、我慢して見守っています。
 ミソサザイはいつの間にか巣立ち、シジュウカラも先月出て行ってしまいました。鷹は昨年より早く塒が始まり、夏の季語であるウノハナの蕾がほころび始めました。繰り返される毎日はあっという間に過ぎていきます。
ウノハナの蕾

桜狩2009年 5月 02日 (土) 23時 21分
 五月晴れが続き、眠くなるほど暖かく快適な日が続いています。私は後回しにしてきた所用に追われ、出かけることもできずに過ごしています。気晴らしに散歩に行くとカやダニが増えてきたため、犬の防虫対策を万全にしました。
 連休の行楽といえば、鷹揚園(弘前公園)の桜が思い出されます。満開のシダレザクラはもちろんのこと、藩祖津軽為信以来幕末まで津軽氏の居城であったという鷹(高)岡城(弘前城)の広さ、美しさとサクラの数の多さに見とれました。鷹揚園の名は明治時代皇太子嘉仁親王(大正天皇)より命名されたそうで、本来の鷹の字を入れるよう配慮されたのかもしれません。春の園内はその名に負う伸びやかさに満ちていました。この時に初めて母の姉に会ったのですが、母以上に透けるような白い肌に驚いたのを覚えています。東北の女性の白さというのは他の地域とは異なる独特の美しさがあることを実感しました。私は野外に一年中出ている上に父に似ているので、色白とは無縁と開き直っています。
 関東の桜はほとんど散ってしまいましたが、まだ八重桜や山桜は若干見ることができるようです。ちなみに「桜狩」といえばかつては桜を観ながら行った鷹狩のことを指していたそうで、風流な姿が想像されます。古来、鷹狩は必ずしも狩だけが目的ではなく、歌を詠んだり、酒を飲んだり、女房達を同行したりという主君の小旅行につきあう意味合いもあったようです。古代の天皇が楽しんでいた頃の野行幸はまさに野遊び(遊郊野)の色彩が強かったと思われ、そのような時代絵巻の中に一度でいいから身を置いてみたかったものです。
シバザクラ「多摩の流れ」

清水公園と放鷹術2009年 4月 30日 (木) 22時 28分
 4月26日、千葉県野田市の清水公園において、諏訪流放鷹術の実演を行いました。2回目となる本年はGW前に開催されている「つつじまつり」に関連して行われたもので、当日は各地で強風が吹き荒れたようですが、野田は予想されたほどではなく、穏やかな天候ながら汗ばむような日差しの下、実演は滞りなく実施することができました。
 塒鷹であっても調整には一定の時間がかかり、多くの皆様が御観覧くださる場所での技の披露というのは馴れているようでも毎回緊張感があるものです。今回は鷹師、大橋鷹匠のオオタカ、神門下生のハリスホーク、チョウゲンボウ、櫛田門下生のベンガルワシミミズクが活躍してくれました。
 当日の状態を見てどの鷹をどう使うか、判断されるのは鷹師の役割ですが、鷹匠たちは技の流れや時間配分等を考えて互いに意見を出し合います。門下生たちの自由に発言し合える雰囲気が、実演を成功裏に導くように思います。
振替で羽合せる森谷鷹匠

IOCと放鷹術22009年 4月 23日 (木) 15時 53分
 19日の午前中はIOC使節団が訪れる予定であったため、園内は早朝から今まで感じたことのないような物々しい雰囲気とスーツ姿の関係者たちで溢れていました。が、結局スケジュールの都合で訪問中止となり、取材予定であった同行の海外PRESSだけの見学になりました。実演時間、内容について短縮や変更などの苦心もありましたが、取材目的は異なるにもかかわらず放鷹術の実演は最初から最後まで見学してくれ、興味を持ってくれた記者もいたようで、楽しい交流となりました。
 記者団のための実演では、鷹師が調教されたオオタカを使用して模範となる鷹匠の技を披露してくださいました。鷹の心を察する勘の鋭さや長い経験によって体得された高い身体技法は鷹師ならではのものですが、普段の訓練から前夜、早朝、直前に至るまで手を抜くことなく非常に神経を使って調整される姿を見ると、絶え間ない努力と強い精神力に頭が下がるばかりです。一つのことを続けるには多くの試練が待ち受けているものですが、それを乗り越えることによって大きな達成感と新たな課題が生まれます。おそらくどんな分野にも言えることではないかと思います。
 午後からは初夏のような強い日差しと暑さの中、大橋鷹匠のオオタカ、森田門下生のチョウゲンボウ等が活躍してくれ、無事に実演を終えることができました。他の鷹匠、門下生も一体になって実演が滞りなく進むよう配慮してくれました。私のオオタカはなかなか落ち着かなかったのですが自信のある技については高い集中力を見せてくれ、一応の役割を果たせてひと安心でした。いっぱいいっぱいという表情を浮かべながらもうひと頑張りしてくれる姿を見ると、ただただ感謝するばかりです。鷹は家に帰り水を飲んで一息つき、一晩寝るとようやく翌朝には普段のリラックスした表情に戻ります。きっと人間も家の外と中では表情が違うのだろうなあと考えたりします。
各国記者団と
 今回の実演に際し、主催の(財)東京公園協会ならびに共催のNPO法人東京臨海地域開発研究会の関係者の皆様にはご尽力頂き心より感謝申し上げます。また新たに賛助会員になって下さった方、今までに撮った写真を届けに来て下さった方、ご観覧くださいました全ての皆様に感謝致します。今後ともご理解・ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

IOCと放鷹術12009年 4月 23日 (木) 15時 40分
 4月18〜19日、東京都立浜離宮恩賜庭園において諏訪流放鷹術の実演を行いました。これは東京のオリンピック招致活動の一環として、IOC使節団の来日期間に合わせて急遽企画されたもので、浜離宮が文化財庭園、御鷹場として広く認知されていることを裏付けるものではないかと思われます。しかしながら使節団の日程が伏せられていたこともあり、実演の日程や実施内容については直前まで検討がなされたようで、活動予定としてご紹介するのが遅れてしまいました。それにも関わらず御観覧に駆けつけて下さった皆様に感謝申し上げます。
 急な依頼であったため時期的に仕事を休めない門下生もあり、十分な調整時間を取れずに不本意な結果に反省する門下生もいましたが、厳しい状況の中、招致活動に少しでも協力できればと各自ができる範囲で最大限の努力をして実演に臨んだと思います。
 18日は前日の雨と寒さが嘘のように晴れ、穏やかな春の一日になりました。ただ琴や尺八の演奏、江戸太神楽などの他の文化的なイベントが全て一か所にまとめられたこともあり、正月とは異なる喧騒に鷹たちは皆非常に神経を尖らせていました。同じ肉色で臨んでいるつもりでいても、やはり猟期中のような集中力と体力を維持するのは鷹も鷹匠も難しいことを実感せざるを得ませんでした。それでも、予想外の出来事は同時に改善や発展の良い機会でもあります。おかげで今回は鷹匠体験に試験的な内容や変更を加えることができました。
振替を行う大橋・森谷鷹匠

ヤマブキ2009年 4月 16日 (木) 12時 23分
 ロウバイ、マンサク、ヤマブキやレンギョウなど、春は黄色い花木が多い季節のようで街が明るい雰囲気に包まれる気がします。
 ヤマブキの花は太田道灌の故事で馴染みのある方が多く、また開花時期が長く丈夫なため好きな方が多いのではないかと思います。太田道灌(1432〜1486)が鷹狩に出かけ、雨に降られたため蓑を借りに民家を訪ねた所、娘からただ山吹を差し出され、その意味は醍醐天皇の皇子で詩文に優れたとされる兼明(かねあきら)親王(914〜987)の『後拾遺集』に載った一首「七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだに なきぞかなしき」という歌にかけて実の(蓑)ないことを表したのだと後に知り、これを恥じて勉学に励むようになったというものです。逸話自体は江戸時代中期の作とも言われており、基になったとされる地名が新宿区山吹町に残されていますが、同様の史跡が関東各地に残されています。一つの歌が500年以上経ってなおさりげなく引用されたという逸話に当時の人々の教養の高さを感じます。
 山吹には八重と一重がありますが、山では一重、里では八重が多く見られるような気がします。親王が見られたのは八重であったのだろうと想像されますが、一重の簡素であっさりした雰囲気の方が、武士が好みそうな花であるように思われます。
一重のヤマブキ

ニワゼキショウ2009年 4月 13日 (月) 1時 04分
 子供の頃、夕暮れのまだ熱の残るアスファルトに寝転がり空を眺めるのが好きでした。母に叱られてすぐ起き上がるのですが、当時はあまり車の往来も多くなかったように記憶しています。すぐ寝ないことを理由に父に叱られパジャマのまま外に放り出されることもありました。裸足で歩く地面は心地よく、犬の騒がしい通りを避けて夜桜を見に出かけたりしました。その頃眺めた桜は今でも最も美しく記憶に残っています。良く考えれば、暖かい時期しか放り出されなかったような気もしますが、親の配慮を感じるのは随分時間がかかるものです。
 先日の日光ではニワゼキショウが満開でした。繁栄・豊かな感情などの花言葉があるようです。一見すると毎年同じことの繰り返しに見えても、振り返ると様々な変化が見られます。鷹匠の技はさることながら、それを見る人々の心にも影響を与えているようです。昨日と今日の自分の動きが異なる以上、明日の自分の動きは当然異なる、と現象学的に考えるまでもなく、今日の努力は明日の結果に繋がっていると信じられるからこそ人間は生きていけるのではないかと思います。
 昨夜、こっそり道路に寝転がってみました。見上げる空は狭くなっていましたが、ひんやりした地面が快適に感じてなんだか嬉しくなりました。昔好きだったものが今でも好きだという感覚は、アイデンティティを確認する作業に似ているような気がします。
白いニワゼキショウ

ハリスホークの保護に関する御礼2009年 4月 11日 (土) 21時 36分
 当保存会門下生の一人が繁殖用に知人から預かっていた兄鷹(オス)のモモアカノスリ(ハリスホーク)が2月上旬、繁殖用の鷹部屋から抜け出して行方不明になり、警察等に連絡して捜索していたところ、先日インターネットの情報と多くの方のご協力により据え上がったと報告を受けましたので、この場をお借りして御礼を申し上げます。
 本人の話によると、あまり遠くに行くような種類の鳥ではなく人にも馴れているため、近所を探していたそうですが、抜け出した翌日は人家の屋根が飛ばされるニュースが流れたほどの強い春一番が吹いたこともあり、結局標高800mの山を一つ越えて30km離れた町内で、どなたかに餌をもらっていた所を保護されたようです。春の嵐のせいとはいえ、想像以上に遠くまで行っていたことを知り驚いています。
 飼育下の猛禽類が籠脱けした場合、ほとんどの場合が自活するよりも人間に依存しようと近寄ってくるものです。大きくても危険な生物ではありませんし飼い主を探して戻ろうとしていますので、今は双方が安心していることと思います。衰弱や餓死していてもおかしくない状況で、知識や理解のある方々に会えたのも幸運だったのかもしれません。
参考:メスのハリスホーク (c)okirakubirder2

神技奉納22009年 4月 10日 (金) 20時 54分
 午後から馬場で行われた実演では鷹師や大橋鷹匠はもちろん、櫛田・森田・後藤門下生らが技を競い、全てがうまく納まり、非常に楽しい一日となりました。実演終了後、宮司様から御直合(おなおらい)を頂き、その席で「今年は非常にスケール感があり、武将の好まれる狩りが想像された」とのお褒めの言葉を頂きました。
 余談ながら、持参していた私のハヤブサが実演終了直後、呼子の音等に落ち着かなくなり輸送箱の扉を蹴り飛ばし、まだオオタカを据えている私の目の前で飛び去ってしまいました。目の前が真っ暗になる中、大橋鷹匠の知人の高柳夫妻が霧降高原に向かう途中で発見し、知らせに引き返してくれたおかげですぐ据え上げることができました。協力してくれた仲間と家康公の御加護に感謝し、安心して帰途に着きました。
 この度の奉納神事におきましては、日光東照宮宮司様を始めとする関係者の皆様、遠路はるばる応援にかけつけて下さった皆様、奉納神事を成功させるため御尽力くださった全ての皆様の御配慮に心より感謝申し上げます。また当日偶然観光で東照宮にお越しになり、馬場までご観覧に訪れて下さった皆様にも感謝申し上げます。
餌合子で振替を行う森田準門下生

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