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御鷹場通信は諏訪流放鷹術研究所 所長のブログです
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神技奉納12009年 4月 10日 (金) 20時 42分
 御報告が遅れましたが、4月5日、日光東照宮で諏訪流放鷹術の「神技奉納」を行いました。朝から好天に恵まれ、風もなく暖かい一日で多くの観光客が東照宮を訪れていました。
 鷹も鷹匠も生き物なので心身共にいつも良い状態を維持するということは容易ではなく、しんどい時もありますが、鷹匠にとって鷹狩も実演も調整能力が試されているという意味では同じなので、向上心をもって取り組むように心がけています。
 本年の神技奉納では、鷹師がお手本のような技を披露してくださいました。門下生たちは指名されれば誰でも披露できるよう常日頃精進してはいますが、やはり鷹師の技を見せて頂くと、改めて自身のレベルを確認する良い機会になりました。
東照宮前に整列する鷹匠

新年度2009年 4月 08日 (水) 14時 03分
 年度が替わり、新しい事務作業や環境の変化などで落ち着かない日々が続いています。忘れていたところに定額給付金の通知が届きました。
 春は不安定な天候のため鷹の調整も難しい時がありますが、今月は奉納神事に始まり、まだいくつかの実演等が予定されています。入会を含め、活動にご興味のある方はお問合わせ頂ければ幸いです。
 八重咲きの黄色いスイセンが咲き始めました。奉納神事については良い写真が手元にないため、次回にでもお伝えしたいと思います。
八重咲きのスイセン

Sky Trials 2009見学2009年 3月 31日 (火) 13時 51分
 3月29日、埼玉県比企郡で開催されたSky Trialsを見学しました。これはハヤブサのトレーニング技術を競うもので、Falconoid Falconry Academyを主宰する杉崎氏が提案するルールに基づいて流派、団体を問わずに実施されています。今年は当保存会の後藤門下生が初参加するため応援も兼ねて訪れたのですが、ハヤブサの愛好者が増えつつあることを実感しました。
 ハヤブサはオオタカに比べると周辺の環境に対して神経質ではなく、優雅に空を飛び回る姿が美しいため、狩をする・しないという目的に関係なく楽しめる点が魅力の一つではないかと思います。まだまだ肌寒い一日でしたが、開放的な空間にヒバリやノスリなどが舞う青空の下、のんびり見学することができました。見学に際し、御配慮くださった杉崎氏を始め、会場で声をかけてくださった皆様に感謝申し上げます。
 鷹の調整もあるため早めに帰宅しましたが、後ほど後藤門下生から優勝したという報告が鷹師にもたらされたようです。本人は普段の飛行を見せられなかったことを残念に思っていたようですが、よくあることなので、それも良い経験になったようです。
ハヤブサが飛び立ったところ

「江戸近郊における鷹狩り」2009年 3月 31日 (火) 13時 46分
 3月28日、日野市郷土資料館で開催された講演会「江戸近郊における鷹狩り」を拝聴に伺いました。これは法政大学名誉教授村上直先生によるもので、地元の歴史や鳥類に興味のある方々が多く訪れていました。
 村上先生は根崎光男氏ら御鷹場や放鷹文化の歴史的研究をされている方々の指導的立場にいらっしゃった方だそうで、講演会でも江戸時代の御鷹場の職制や尾張家の御借場(御三家などが将軍家から拝借した狩場)の資料を通して当時の鷹狩りがいかなるものであったのかを非常にわかりやすく丁寧に説明されました。日野は御鷹場ではなかったようですが、近隣の村なので人足や御巣鷹山としての関わりがあったようです。三代家光以降、戦のない江戸時代において、鷹狩りは軍事訓練や民情視察だけでなく健康増進、地方からの献上品、将軍家から天皇家に対する鷹で捕らえた鶴献上の儀式など、時代によって役割が異なりながらも重要性を維持していたことを示唆されたのが印象的でした。
 最後に5月に刊行予定の関東郡代に焦点をあてた著作についてご紹介頂き、帰途につきました。今回の講演会は同資料館が諏訪流放鷹術実演とともに企画されたもので、多摩地域の歴史や文化について理解する上で非常に意義のあるものであったと思います。
講演の様子

小池清さんの遺志を継ぐ会2009年 3月 27日 (金) 12時 28分
 WBCのおかげでTVに釘付けの日々が続きました。子供の頃見ていた選手がコーチになっているのを見て時の流れを感じましたが、選手たちは若手とベテランのバランスが取れており、何より非常に良いチームワークが伝わって来ました。緻密な戦略、パワーを補う身体技法のみならず、一つの目標に向かう高い情熱が勝利を導いたのではないかと思います。毎日楽しく過ごすことができました。
 3月21日、八王子で「小池清さんの遺志を継ぐ会」が行われました。小池さんを知る人々が集い、生前の活動の一部が映像で紹介されました。圏央道の開発に伴うオオタカの営巣木や生息環境の保護活動は、同時に八王子城跡の保護活動の歴史でもありました。八王子城は北条氏照の居城であり、豊臣秀吉の小田原攻めに参加した前田利家の攻撃によって落城しました。城域約11km〜20kmとも言われる戦国時代最大級の広さを持ち前田利家に名城と言われた八王子城も、圏央道に伴う開発により一部破壊されたようです。
 自然に対して、人間はともすれば一方的に破壊する存在と捉えられがちですが、江戸の人々の身の回りには今では想像できないほど多くの野生動物との共存空間が存在し、人間はその中で暮らしていました。現代の東京で、オオタカから生態系の裾野まで理解し、共存する方法を積極的に探って来られた小池さんの遺志を継ごうと、有識者の皆様が集まっていました。
関連書籍

北野天神2009年 3月 23日 (月) 10時 57分
 散歩中にハクビシンが車にひかれて死んでいるのに遭遇しました。ネコは交通量の多い所でも渡ろうとしてひかれるのを良くみかけますが、ハクビシンやタヌキは明け方や夕方の薄暗い活動時期に、道幅の狭い生活道路などに飛び出して来るような気がします。繁殖期が来るとこのような事故は増えると思われます。目ざといカラスたちが真っ先に駆けつけていました。
 連休中に、近くの天神様(天満宮)にお参りに出かけました。天満宮とは天満天神(菅原道真)をまつった神社の宮号で、福岡の大宰府天満宮は言うに及ばず、京都の北野天満宮を始めとして全国各地に広がっています。太宰府には数回訪れたことがあるのですが、悪いクジを引いたことがなく相性が良いように感じています。逆に初めて足を踏み入れただけで合わないような空気を感じる所もあります。霊感はありませんが、生物である以上は、勘や予感というものを大事にした方が良いように思います。
 北野天神は菅原道真の五世の孫修成が武蔵守になった時に京都から分祀したもので、後に源義家・頼朝、足利尊氏、前田利家などにより造営されたようです。前田利家は菅原道真の子孫と言われ、献栽の梅が伝えられていました。他にも日本武尊お手植えの桜、宗良親王の御在陣跡から第二次世界大戦に至るまでの史跡が多く残されており、事実はどうあれ古来より多くの人々が武運長久を祈りに訪れた姿が想像されました。人影もまばらな境内は外よりわずかに涼しく、静謐とした時間が心地よく感じられました。
参道からの眺め

太田道灌像2009年 3月 18日 (水) 20時 53分
所用で銀座に出る機会があったのですが、中央通り周辺のめまぐるしい変化にはいつも驚かされます。平日というのにかつて鷹を据えて歩いたという話が信じられないような人ごみで、なかでも外国からの観光ツアー客が目立ちました。里山と違い歩くだけですぐに疲れてしまうのですが、街中を歩くと雑誌を見るよりもファッションや食文化の流行などが伝わってくるので、たまには刺激を受けた方が良いようです。
 ついでの折に、旧都庁に設置されていた太田道灌像に立ち寄ってみました。朝倉文夫の手による道灌像は、現在は国際フォーラムとなったガラス棟の中に江戸城(皇居)を眺める形で佇んでいました。他にも川越市役所や日暮里駅前にも残されているようで、大衆に愛好される武将であったことが窺えます。彫刻の作者が異なるのにどの像も同じような狩衣の姿なのは、河鍋暁斎の『山吹の里』の影響なのでしょうか。
 室町時代の武将で歌人としても知られる太田道灌は扇谷上杉氏に仕え、江戸城や河越城などを築城しただけでなく、鷹狩を愛好し兵馬の法にも通じていたと言われます。当時の主君上杉定正に謀殺されるという最期を遂げましたが、魅力のある武人だったのではないかと思います。
国際フォーラムの太田道灌像

フライト・フェスタ見学2009年 3月 16日 (月) 23時 42分
 15日、千葉県野田市で開催されたフライト・フェスタを見学しました。主催のWFCを中心に他の鷹狩関連団体がブースを設置しており、また久しく見かけないような個人の愛好家達も姿を見せていました。会場の全体的な雰囲気としては、西欧で見られるような流派や団体を問わないマーケットあるいはフェアといった形での発展の方向性を模索しているように思われました。
 フェスタではスペインのスカイ・トライアルを基にしたハヤブサのトライアル等が開催され、これを励みにしている者もいるようでした。当保存会のみならず、流派や古流を継承しようとする個人等にとっては、技の評価に関して理解しづらい部分もありましたが、今後イベントとしての変化の多様性を楽しみにしたいと思います。藤田氏を始めとして、対応してくださった関係者の皆様に感謝申し上げます。
 雲一つない青空の下、菜の花が咲き誇る川沿いを散歩したくなるようなうららかな一日でした。ひっきりなしに飛び交うヒバリのつがいを見るのも楽しく、シャイになりがちな私の犬も、多くの人に触られてもだいぶ気にしなくなり、とてもいい子にしていました。
ハヤブサを飛ばす藤田氏

ミソサザイ2009年 3月 14日 (土) 7時 06分
 鷹師の家の軒にミソサザイがやってきて巣を作りました。毎朝玄関の一番高い鬼瓦にとまって小さな身体にそぐわぬほどの大声でさえずり、自分の家だと言わんばかりに縄張り宣言をしているようです。
 荒れて下草のはびこっていた庭を剪定し広場を作ってやると小鳥たちも動きやすくなったようで、昨年やってきたシジュウカラは巣箱を用意してやるだけで自然と中を利用していました。が、ミソサザイは落とした苔を拾って戻してやるとそれをすべて捨て、改めて独力できれいに巣を作り直しました。誇り高く、こだわりの強い鳥のように感じられます。石垣ではなく軒の柱の上に作ったのが興味深いところです。
 ミソサザイは古名をササギと言い、古事記や日本書紀では仁徳天皇を示すオオミササギノミコトの名で知られています。仁徳が妻にと望んだ美女メトリをめぐり義弟ハヤブサワケノミコと争う話は悲劇的で、田辺聖子『隼別王子の叛乱』等の小説で知る方も多いと思います。また柳田国男『日本の昔話』にも鷹の仲間に入りたいミソサザイが、山の神であるイノシシの耳の中に飛び込んでやっつけたことから、鷹たちに認められて一緒に酒盛りをしたという伝承が伝えられています。
巣作り中のミソサザイ
 鷹は意に介さない様子ですが、その周辺を大胆に動き回り、嘴いっぱいに大きな昆虫や幼虫をほおばって戻ってきます。その姿は時に図々しく見えるほど堂々としています。オスは子育てをせず、一夫多妻の鳥として複数のメスの間に沢山のヒナを作るようです。自分の巣のそばで狩をしない猛禽の習性を利用し、彼らの巣のそばに巣を作って外敵から身を守るといった行動はオナガなど他の鳥にも見られますが、気の強そうな態度や渡来文化の影響などが混じり合って、王を模しているような話につながったのではないかと想像されます。ヒナの世話はしないとしても、少なくとも巣の中にいるメスへの餌は十分に運んでいるようです。
 いずれにしてもきびきびと動き回り、尾羽をピンと高く上げてさえずったり、行ったり来たりする姿は優雅でさえあり、見ているだけで楽しくなってきます。春の騒々しさは生命の息吹に満ちているようです。

郷土資料館2009年 3月 10日 (火) 22時 21分
3月7日、日野市郷土資料館において、諏訪流放鷹術の講演及び実演が行われました。
 連日不安定な天候が続いたため実施が懸念されましたが、当日は好天に恵まれ、滞りなく開催することができました。が、当日急用で来られなくなる者があり、実演会場すぐ脇の団地で外壁工事が始まるなどの予定外の出来事もありました。大きな資材を持ち上げるクレーンの上下する動きや作業員の大声などに鷹が予想以上に神経質になってしまい、林に隠れるなどのハプニングがあったものの、森田門下生のチョウゲンボウ、後藤門下生のハヤブサは非常に良く調整ができており、またハプニングの最中は鷹師がオオタカで場をつないでくださるなどの配慮してくださったため、実演は無事終了することができました。
 鷹も見知らぬ場所ではたとえ林の中にいても不安に感じるようで、できるだけ元草(最初に飛び立った場所)に戻ろうとし、また迎えに行くまで据前の姿を探すものです。こちらの顔を見て待ちかねたように飛び出してくる鷹の表情を見ると、驚かせてすまなかったという気持になります。機嫌を損なわないよう配慮をして帰途につきました。
撮影に応じる森田門下生

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