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御鷹場通信は諏訪流放鷹術研究所 所長のブログです
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初冬2008年 11月 14日 (金) 0時 22分
 立冬を迎え、東京は紅葉が見頃になっています。まだあちこちに晩秋の風情が残されているようです。
 不景気や十分ではない年金制度などのため、定年後の生活が楽ではない人が多いと思います。一方で、定年後に夢だった鷹を飼い始めて毎日頑張っているなどというお話を聞くこともあります。健康で楽しい生活を鷹と過ごしていられることを思うと、私も励みに感じます。
 親孝行しなければと思いながら、時ばかりいたずらに過ぎてしまいました。お金にならない研究をしている私をただ温かく見守ってくれる母には感謝するばかりです。せめてもの恩返しにと、紅葉狩りに連れて行きました。
楓の葉
 最初はただ飛ぶ姿を見たいというような曖昧だった夢が、13年以上続けているうちにいつしか深い意味を持つようになり、自分にとって鷹とは何か、鷹から何を教えてもらっているのかなど様々なことを考えるようになりました。10年後はまた別のことを考えているかもしれませんし、答えは簡単には見つかりそうもありませんが、今は鷹と一緒にいることで見える世界の美しさを少しでも伝えていければと思っています。

小池清さんを偲ぶ2008年 11月 12日 (水) 2時 54分
 国史跡八王子城とオオタカを守る会や天合峰を守る会などで環境保護活動に尽力された小池清さんが11月4日、逝去されました。64歳でした。小池さんは放鷹文化に深い造詣があり、伝統文化を伝え残すための私たちの活動を理解し、ご支援してくださいました。鷹師とは長年親交をあたためてこられましたが、ここ数年は体調を崩されていました。
 本年1月に八王子の滝が原運動公園で実施された諏訪流放鷹術の一般公開ですが、それまでは横沢入や高月などで冬季研修会の一般公開というかたちで紹介していました。この研修会を見学に訪れてくださったのがご縁となりました。
 その後は開発地域に生息するオオタカの調査やオオタカまつりなどの活動を通してオオタカの役割を伝え、また行政に対しても地域に根ざした環境保護のありかたを積極的に説かれていました。
1997年 オオタカまつり講演会会場にて(左端)

強さ2008年 11月 04日 (火) 12時 51分
 先日の講習会で鷹師がジムグリを見つけました。一度逃がしたものの、再び同じ場所に戻ってきたようです。毎朝決まった時間、午前中もっとも早く日のあたる場所に真っ先に顔を出して日光浴を楽しんでおり、それよりよっぽど大きいヤマカガシは彼がそこにいる間は、絶対に姿を現さなかったそうです。
 ジムグリはそれほど大きくなく表面がツルツルした筋肉質のとても美しい蛇で、比較的おとなしいとされながら、生餌しか受けつけないため餌づけするのは難しいと聞きました。私はヘビについては素人ですが、毒もなく、ネズミなどの獲物を捕えることができ、外敵から身を守って生きていける能力と餌づけされない気性を持っているとするなら、彼らはヘビの世界の中ではその見た目や大きさとは異なる強さや存在感を持っているのかもしれないと感じました。
 現代は何事もランク付けしたがるため、要望にあわせて資格を細分化したり、様々なランキングが作られたりする、とあるエッセイに書かれていました。鷹にも良鷹とされる条件や見た目があり、人の評価もさまざまであるため迷う人もいるようです。しかし噂や文献に左右されず、常に自分で確認する気持ちを大事にすれば、どのような鷹からも得られるものがあり、またその判断を後悔しないのではないかと思います。
ジムグリ

明け2008年 11月 02日 (日) 23時 49分
 紅葉を求める観光客で週末は下り方面の道路が混んでいます。都内のイチョウはまだ青いですが、多摩地域は来週辺りから見頃のような気がします。日中は暖かいですが、夜間に鷹を据えると吐く息が白く見えるようになってきました。
 今月の月例講習会では明けをこたえたばかりの若鷹たちに遠丸バシという仕込みを教えました。据え上げまでの一連の流れるような動作とそのための心得を鷹師に指導いただき、全員が問題なく各自の鷹で行うことができました。若鷹たちは生まれて初めて見たものや知らないことに囲まれて、色々なものに興味を示していますが、みなとても素直で一本気な気性が好ましく感じられました。 
 良く聞かれる話ですが、鷹は飼い主の車のエンジン音や足音などをすぐに聞き分けます。かけ声、呼子、餌合子などの専門的な音に限らず、冷蔵庫のビニール袋から餌を出す音、ハサミを使う音など、人間が無意識にパターン化している生活習慣から発せられる音は、かなりの範囲で認識できるようです。
明けをこたえた若鷹
 鷹を持つと、ああしたい、こうしたいと想像したり、鷹に期待する思いが強くなったりすることがありますが、人間ばかりが気合いを入れても空回りしてしまいます。生き物はすべからく生まれ持った気性があり、個性があります。鷹も気性や体格の違いがありますので、それを直すというよりも生かせる方法を考えてあげた方が良いようです。

準備2008年 10月 23日 (木) 23時 55分
 今月の月例講習会で新しい鷹に足革や鈴板をつけるなどの準備を行いました。鷹を伏せる時間はなるべく短い方が良く、慣れない人が強く胸を押さえると吐いたりする場合がありますので、必ず空腹時に伏せ、力を入れずに保定することが大切です。多少長引いても馴れた塒鷹なら我慢してくれますが、若鷹は不安になりますのでストレスを防ぐためにも初めての人は見て学んでもらう方が良いと思います。
 鷹の調教はおよそ2カ月位で仕上がりますが、本当に良い鷹をつくろうと思ったら諸塒(もろとや:2回塒を重ねた鷹)までしっかり癖をつけないように調教しなければならないと言われています。言い換えるなら、年をとるほど悪くなるか良くなるかがこの時期に決まると言ってもいいかもしれません。
 そうは言っても最初は鷹が何をいやがっているのか、何を考えているのかを察することさえ容易ではありません。あまりあせらず、鷹に教わりながら一緒に成長していく気持ちで、ご家族や友人など周りの人々の理解と協力を得ながら、じっくり進めてもらえればと思っています。
ハヤブサを伏せたところ

切餌2008年 10月 21日 (火) 23時 53分
 今年新たに鷹に挑戦してくれる門下生のため、空輸によって若い鷹が届けられました。ブリーダーによって十分な気配りがなされた上で到着するとはいえ、輸送箱を開ける時の緊張感は何回経験しても馴れることはないものです。生まれて初めての長旅で疲れ、飛行機の急激な気圧の変化に体調を崩す鳥もいますので、健康証明書があるといっても最初の1週間位は十分な休息と注意深い観察が必要です。
 冠婚葬祭などのために泊まりがけで家を空けなければならない時、鷹匠は留守を預かる者に餌の量や与え方の指示をしておきます。預かる者にとって負担がかからないよう、鷹が調子を崩さないようなどを考えて規定量をわかりやすく伝えることが大切です。たとえば餌合子1杯などという形です。これを「切餌(きりえ)飼う」と言い、おかげで調教中のため出席できないなどの非礼を避けることが可能です。ちなみに一定期間、途中で調教を中断しなければならない時の餌の与え方を「切り飼い」と言います。
 単に餌を与えるだけといっても、鷹を驚かさないように与え方にも注意が必要となるため、安心して預けられる人は多くありません。今は車内に入れて移動できるため、国内の移動なら鷹を連れて移動することが多いですが、海外旅行や入院などのやむを得ない状況を考えると、頼りになる仲間がいるおかげでそのような不安が解消され、非常に心強く感じられます
餌合子で餌を与える

旅の終わり2008年 10月 16日 (木) 15時 24分
 あらためて初秋の空気が肌寒く感じられます。
10月6日、ドバイに着いた直後に父方の祖母が101歳で眠るように亡くなったとの報を母からもらいました。母方の祖父母を早くになくした私にとって、唯一おばあちゃんと呼べる人でした。85歳まで毎朝1杯の牛乳、1日2時間の散歩と夕食時1杯の赤ワインを欠かさず、贅沢といえば年に1着、スーツを京都の大丸で仕立てさせるくらいでした。教授として同志社女子大で教鞭をとっていたため、姿勢が良く声も驚くほど大きく、休みの日でもいつもきちんとした服装をしていました。御霊神社のそばにあった家に遊びに行くと、挽き肉たっぷりのミートソーススパゲティなどをふるまってくれました。
 生まれた時は心臓が弱かったそうですが、大人になってからは病気一つしたことがなく、私など足元にも及ばないほど勤勉な努力家で自立した女性でした。迷惑をかけないようにとホームに入ってからもとても元気で、95歳位まで記憶もしっかりしていました。今年の8月に101回目の誕生日を迎える前後になると、チョコレートなど大好きな甘いもの以外は食事をとらなくなり、ゆっくりと体力が落ちていったようです。
砂漠の落日

アブダビ紀行32008年 10月 16日 (木) 3時 00分
 ドバイ空港へと向かう帰途、ハヤブサの繁殖施設を見学することができました。室内は消毒され、常時21度に管理されており、各棟は刷り込みされた個体や自然交配のつがい、巣立ち後の飛行訓練用に分けられていました。数人のイギリス人やカナダ人鷹匠が世話をしており、その中の一人は展示会に来て話した人であることを後で知りました。
 その後ゴールドスークなどの古い街並みを歩く機会を得、短時間ながら楽しく観光をさせていただきました。残念ながら体調が戻らず同行してくださった石油会社の方々などに非常に気を遣わせてしまい申し訳なく思います。
 日本とアラブに共通した伝統文化があることを、会場を訪れた方々に知っていただけるこのような機会を与えて頂き、心より感謝しております。この展示会でお世話になりました全ての関係者及び協力してくださいました皆様にこの場をお借りして御礼申し上げます。
黄昏のモスク

アブダビ紀行22008年 10月 16日 (木) 2時 34分
 展示会は4日間、水曜〜土曜に開催されました。以前は宗教的な理由で木曜と金曜が休日だったのですが、最近は金曜と土曜に調整されたため金曜の夕方は多くの人でにぎわいました。開催時間は朝11時から夜10時までで、昼食と夕食は会場内でとりました。
 私は鷹道具とフィギュアを展示し、主催者の一つで地元のEmirates Falconer’s Clubからハヤブサをお借りして、鷹道具の使い方や据替(鷹を据前である鷹匠以外の拳に乗せること)、当保存会の紹介などを行いました。いつもは鷹部屋から捕まえてきたばかりのハヤブサが届けられるのですが、今回はクラブでも据替を実施するようになり、時期的にも猟期に近いためか、訓練中のハヤブサを持参したように感じられました。白く美しいものから大きいものまで選ばせてもらえたのですが、目的を考えて私は手ごろな大きさで素直そうなハヤブサ(シロハヤブサとワキスジハヤブサの混血種)を選びました。
 フードをしてただ拳に乗せるだけのようでも、ハヤブサには据前と違うことが感覚として伝わります。異なる拳の上でバランスをとらなくてはいけないため気を遣い、非常にストレスとなるためオオタカではこのようなことを一日中行うことはできません。とはいえハヤブサにおいても疲れが見えたので金曜や夕方は休ませ、控え目に実施しました。私も疲れからか珍しく後半は体調を崩してしまいました。
IAF会長と

アブダビ紀行12008年 10月 15日 (水) 13時 58分
 今年も「国際狩猟と馬術の展示会(International Hunting and Equestrian Exhibition)」がアラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビで開催されました。この展示会には日本の石油会社が日本とアラブとの文化交流を目的として参加しており、刀鍛冶や隼頭巾の職人(Atelier Falconoid)、お茶の先生などが協力しています。私も諏訪流鷹匠として日本の放鷹文化を紹介する役目を依頼され、2004年から毎年参加してきました。猛禽の専門病院であるAbu Dhabi Falcon Hospitalに研修生として3か月留学していたこともあったため、UAEは今回が6回目の訪問になるのですが、展示会は短期間の滞在のためあまり出歩く機会がないのが残念です。会場内にはホスピタルのブースも出ており、出張内視鏡検査が行なわれていたため、ドクターを始め、多くの知人に再会することができました。
 毎年どのような目玉を用意するかが難しいところなのですが、今回は諏訪流鷹匠の技の一部を再現するフィギュアを依頼されたため、及ばずながら監修をさせていただきました。短い製作時間と資料不足からデッサンも十分に出来ない、などと造形師からは不満の声も聞かれたものの、なんとか間に合わせることができました。
 アブダビへはドバイから車で2時間程度、日中はまだ暑さが残っているものの、明け方と夕方は夏の終わりの独特の生ぬるい風が心地よく感じられました。
振鳩に羽合る鷹匠

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