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御鷹場通信は諏訪流放鷹術研究所 所長のブログです
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早春2012年 3月 05日 (月) 22時 31分
 先日の大雪には驚かされましたが、真冬と異なりすぐに溶けてしまいました。みぞれと、春めいた暖かさのおかげです。
 オフシーズンを迎え、道具作りや文化研究など、シーズン中には十分な時間を割けないことを学ぶ時期に入りました。今月は、獲物の捌き方、伝統的な調理方法の講習会を行いました。新しい門下生との出会いや向上心のある門下生たちの話を聞いたりすることも、この季節の楽しみのひとつになっています。
 面白くないことのように思えても、毎年同じことを繰り返しているうちに上手くなっていることに気がつくと、面白くなってくるものです。鷹に限らず、具体的な目標を持ってひとつひとつ作りあげていくと、結果はどうあれ振り返った時に達成感を得られるのではないかと思います。
雪をかぶるロウバイ
 目標への道はひとつではなく、なりたい自分をイメージして頑張っても、進歩した自分は結果的にその当時になりたかった自分と異なっている場合もあります。知りたいこと、体験したいことは年々増えていく一方で、時間の大切さを日々実感します。

終猟2012年 2月 16日 (木) 23時 55分
 昨日で猟期は終了し、オフシーズンに入りました。今季は文化的な活動や個人的な事情のため、なかなか里山に出かける機会がつくれなかったのが残念でした。このようなジレンマは現代の鷹匠にとって不可避の問題なのかもしれませんが、短い時間でも鷹と一緒にいられる日々をつくることは喜びでもあります。
 グラミー賞でアデルが6冠をとったというニュースを聞きながら、そういえば「ローリング・イン・ザ・ディープ」はよく耳にしていたのに、なぜ彼女の名前を覚えていなかったのだろうと考え、心に響く1曲からファンになることが多いので、昨年のレディ・アンテベラム同様、そういう曲にまだ出会っていないのだろうと思いました。
 先日48歳で逝去したホイットニー・ヒューストンを追悼して歌ったジェニファー・ハドソンは歌唱力に定評のある人ですが、声の質や歌い方の違いが耳について喪失感が強調されてしまい、かえって陰鬱な気分になりました。どんなに上手くてもホイットニー自身の代わりになれる人はいないのだから、むしろまったく違う歌い方のできる人の方が良かったように感じました。
曇天の里山と東雲
 ホイットニーの名付け親であるアレサ・フランクリンがつい先日69歳で婚約を発表したり、いとこのディオンヌ・ワーウィックが71歳でいまだに歌い続けていることからすると、美しく才能に恵まれていた彼女が夢を失ってしまったかのような話を聞くのは残念でなりません。
 このような訃報を聞くたびに、いつまでも夢を見せて欲しいと期待するファンの我が儘が負担をかけてしまうのだろうか、などと考えたりします。本年のグラミー会場では、彼女のカムバックのためのステージが準備されていたそうで、彼女自身も復帰を望んで努力していたと察せられるのが救いであり、哀しくもありました。

講習会in愛知 2012年 2月 15日 (水) 0時 35分
 先週末、講習会の御依頼を頂き、愛知県まで出かけてきました。
高速を使わないで行こうと早朝4時前に家を出たのですが、10時間以上かかってしまったので、やむをえず一部区間だけ高速を利用しました。
 厳しい寒さの中、お昼から野外での講演を開催し、続いて参加者の鷹の訓練等に関して若干の意見を述べさせて頂き、さらに懇親会に出席した後、深夜に帰途に就き、翌日の朝6時過ぎに家にたどり着きました。強硬なスケジュールを無事にこなすことができてひと安心しています。
1号線から見た海
 文化としての鷹狩は、一般の方のみならず、担い手である鷹匠自身にとっても高めていかなくてはならない問題でもあります。興味を持って頂ける方々に、少しでも文化の多様性を理解して頂ければ幸いです。このような全国各地で行われる地道な様々な活動が、鷹狩文化の発展の一助となりますことを心より祈念しております。
 往復の途上、天空をついてくるかのように月は明るく道を照らしてくれ、冷たい夜気に触れると鈍い頭も少し冴えて、新たなアイディアが浮かんで来るような気がしました。

雪間2012年 1月 31日 (火) 12時 08分
今月は雪の降る機会が多く、手足がかじかみ、雪に触れて舞う風が顔にあたると切れるように冷たく感じます。里山の生物にとっても生き残るには最も厳しい時期を迎えているのだろうと思います。
 東北出身の母は「雪が降ると、それはそれで暖かいんだよ」と、例年この時期を待ちわびています。雪下ろしやつららに対応して玄関についたてを立てることなどを話してくれますが、現在はそういうことをあまりしなくなったようで、雪の事故の話を聞いては「今の人は知らないのかねえ」と嘆くこともあります。東北でも街中ではあまり雪が積もらなくなってきているそうで、世代の空白がなくても、多くの暮らしの知恵は伝承されずに消えているのかもしれません。
 四季咲きのバラの蕾が少しずつ大きくなっています。寒さで痩せがちな哺乳類に比べて、植物のどこに耐える力があるのだろうといつも不思議に思いますが、自然はすでに春を迎える準備に入っているのかもしれません。
雪とバラ

鷹狩体験2012年 1月 28日 (土) 0時 46分
 年末から年始にかけて門下生が取り上げられる機会が偶然にも重なり、慌しい日々を過ごしました。NHKならびに大阪読売テレビ、読売新聞埼玉版の関係者の皆様にはこの場をお借りして感謝申し上げます。
 メディアの要望に対して、かつて鷹匠の多くが撮影を避けてきたことを考えると、積極的に対応しようとする若い門下生たちの姿は、非常に現代的に感じます。時代が変わったというよりはむしろ、情報媒体の多様化によって、取材も特別に意識するものではなくなったのかもしれません。
 とはいえ、様々なものに馴らす訓練が必要なことに変わりはなく、ストレスに配慮しなくてはいけない機会は増えています。鷹がいかに現代の生活に馴れたとしても、本能的な気性は変わるものではないように、私が帰宅時に精神的な疲れを感じるとき、鷹も同様に感じているように思います。
据替を体験中のお客様
 先日、ある企業の御依頼で「鷹狩体験ツアー」を実施しました。これは実際の狩というよりは文化体験となります。鷹狩に関する興味は様々で、鷹が見たい、里山を歩きたい、狩を体験してみたい等、御要望については時期によってお応えできない場合もありますが、お気軽にお問合せ頂ければ幸いです。狩場料理を含めて、文化の一端ではありますが、楽しんで頂けたことは大変嬉しく、参加してくださった皆様に心より感謝申し上げます。
 鷹狩文化の保存にはいまだ多くの問題が山積していますが、御理解ある人々の励ましの声を頂けることは何よりの励みとなっております。

『鷹狩の祭典3』2012年 1月 25日 (水) 0時 32分
 祭典後半は研究者による鷹狩文化に関連する国際会議や講演及び鷹匠による一般のお客様に向けた展示が行われました。私は日本の発表者(二本松泰子先生)の通訳のお手伝いをしたり、祭典のパレードに参加したりしました。楽しみにしていた著名な研究者の発表を見逃してしまったのが心残りでしたが、日本文化に興味を持つ海外の研究者や鷹匠との交流を楽しむ機会も得られました。
 長年顔を合わせる人もいれば、初めて出会う人もいて、助けたり助けあったりの繰り返しの中で友人を得ることもあります。そのような旅の醍醐味をあらためて認識する機会を頂けたことに感謝しています。
 欧米人も東西アジア人も異なる宗教の人々も、鷹狩文化を愛する者であれば通じるものがあり、共通の文化について話せることは楽しいものです。このような催しは、鷹狩を一般の人々に理解してもらうだけでなく、鷹匠同士の視野を広げるためにもなることを実感しました。
王族の前で整列する各国代表
 本祭典への参加にあたり、国の代表として招待してくださった主催者ならびにアブダビ政府の関係者の方々に深く感謝申し上げます。その他、多くの現地の方々に御協力頂けたことを幸せに感じます。かの地で交流をはかることのできた全ての友人にも感謝します。
 そして私の不在の間、鷹を管理し新春の実演に向けて準備を進めてくれた鷹師ならびに門下生の方々にも感謝しております。

『鷹狩の祭典2』2012年 1月 25日 (水) 0時 12分
 祭典は大きく分けて3つのパートに分かれており、前半はアルアインの中心部から車で40分程離れた砂漠内に設置されたキャンプ周辺で、砂漠でのラクダに乗った伝統的な鷹狩を行ったり、ハヤブサの訓練や競技、サルーキという猟犬のレースを見たり、現地の女性がつくってくれた食事を体験したりすることができました。砂漠の鷹狩は限定されたものでしたが、幸運にも私はこれに参加させて頂きました。
 夜間、気温が氷点下近くまで下がる砂漠のテント内は冷たい風が吹き抜け、私はスタッフに指示されたように寝袋にくるまった上からさらに毛布を2枚巻き付けて、震えながら夜明けを待ちました。
 朝6時、薄暗い砂漠の中をラクダが繋いである小屋まで歩いて行き、鷹狩の小旅行が始まりました。私は10人程度の参加者の中で最も小さかったので一番小さい子どものようなラクダに乗るように指示されました。そのラクダを現地の鷹匠の後ろに繋ぎ、狩のホストであるフォックス氏が馬上でハヤブサを据えながら先頭を進みました。
先頭を行く鷹匠とハヤブサ
 現地の鷹匠はラクダのこぶの上にハヤブサをとめ、時にクルアーンを口ずさみつつ、獲物の足跡には常に目を配り、みつけた時には真っ先に歩を進めてハヤブサを放ちました。何度かウサギが飛び出したため、ウサギ猟を見ることができました。
 砂漠は昼前に強い日差しで汗ばむ陽気となるため、午前9時頃にはキャンプへの帰途に就きました。帰り道、ラクダをつないでいだ紐が放されると、大きなラクダたちはそれでも隊列を組んでしずしずと歩いていきました。が、私の小さなラクダはあちこちの草を食べに寄り道しては隊列を離れ、連れ戻そうとするラクダ使いから逃げ回りました。かといって群れからあまり離れるのも不安らしく、じーっと遠巻きに眺めてはしぶしぶ小走りで戻りました。ラクダ使いから扱い方を指示されていましたが、なんだか子どもの葛藤を見るようでおかしく、普段はあまり道草させてもらえないのだろうと思うと手綱をあまり引く気になりませんでした。

『鷹狩の祭典1』2012年 1月 23日 (月) 0時 56分
 遅くなりましたが、昨年12月11日から17日まで、UAEの首都アブダビ市内で開催されました、第2回『鷹狩の祭典(2rd International Festival of Falconry)』に参加しましたので、御報告させて頂きます。この祭典に国の代表(Nation Representative)として招待されたため、8日から19日までの12日間、アブダビに滞在致しました。
 祭典の表記に関して補足させて頂きますと、これは2007年から2年おきにイギリスにおいて開催されている祭典としては「第3回」にあたります。その一方で、UAEにおいて1976年に故ザーイド大統領の下で開催された国際的な鷹狩の祭典としては「第2回」にあたる、という位置づけになるようです。
 祭典はUAEの首都アブダビ市の南、アルアインにあるジャヒリ砦で行われました。アラビア語で"春“を意味するというアルアインは緑豊かなオアシスであり、故ザーイド大統領の出生の地としても国民に馴染みの深い土地です。現在は美しいリゾートとして、ベストシーズンであるこの時期に長期滞在する欧米人も多く見られるようです。
ジャヒリ砦
 今回の祭典は、ユネスコへの無形文化遺産登録において多大な貢献を果たされたUAEの役割を際立たせるものであり、同国では鷹狩を知らない人はいないというほど、ベドウィンである国民のルーツとして理解されています。そのような歴史的な場所を訪れることができ、そして祭典を祝うことができたことを非常に光栄に感じました。

『社会をよくする』2012年 1月 09日 (月) 0時 08分
こちらも御報告が遅くなりましたが、先月発刊された『ソトコト』1月号のアンケートに答えましたので御報告いたします。
 これは「ベスト・オブ・社会をよくするお買いモノ」という特集に協力したもので、日々私たちが選択している“物を買う”という行為が、「モノづくり」の伝統を支えているのだということの意味をあらためて問うものでした。このようなグローバルな企画は非常に興味深く、アンケートに応える機会を与えてくださいました、編集部の小西威史様ならびに関係者の皆様に心より感謝申し上げます。
 私が紹介したのはパキスタン製のアラブ式ハヤブサ頭巾で、直売店もあるようですが、馴染みのお店を紹介させて頂きました。手先が器用な彼らはインド式やオランダ式も作ることができますが、アラブ式は彼らも使っている伝統的な様式であり、私も個人的に愛用しています。
『ソトコト』1月号 (c)木楽舎
 パキスタンには、鷹につける鈴の発祥の地ともいわれる「ラホール」という地名が残されており、今もなお鷹狩専門の革製品をつくる職人たちの村があるそうです。現在、彼らの伝統的な生活を支えることが、私たちの伝統文化を支えることにもつながっています。世界共通の「人類の文化」として認知されつつある鷹狩を維持するという意味において、パキスタン人の仕事は今後の鷹狩文化をよくする可能性を秘めていると言えるのではないかと思います。
 ちなみに昨年12月の鷹狩の祭典の時に店長に会ったので、そのことを伝えたら非常に喜んでくれ、御礼に手袋をプレゼントすると言ってくれましたが、持って来たのは右手用の手袋でした。「何年も私が左手に据えるところを見ているのにどうして?」と聞いたら「小さいサイズはこれしかなかったんだから、いいじゃないか」という言い訳に、彼らのおおらかな商売を感じておかしくなりました。

浜離宮20122012年 1月 08日 (日) 0時 55分
 1月2日と3日、東京都立浜離宮恩賜庭園において、新春恒例の放鷹実演が実施されました。厳しい寒さの中、お越しくださいました皆様に心より感謝申し上げます。本年も共に新年を浜離宮で迎えられましたことを嬉しく思います。
 浜離宮での実演も20周年を迎えるという本年は、様々な挑戦の年となりましたが、なかでも2000年からずっと私が担当してきた電通ビルからハヤブサを放つ役割を、初めて門下生に託し、私が地上で呼んだことが大きな変化でした。今回それを人に任せることによって、自身で放つ以上に責任を感じました。あえてその役を担ってくれた門下生が扱いやすく、安心して放つことのできる調整の必要性を実感するとともに、訓練に何日も付き合ってくれた門下生の強い責任感に感謝しました。
 また司会から補佐役に到るまで、すべての門下生がその役割を十二分に果たそうと努力してくれたことも非常に心強く感じました。若干のハプニングはありましたが、かえってそれが面白かったと言っていただけるような珍しい光景が見られるなど、新年の実演は明るく伸びやかに終えることができたように思います。
振替を行う田籠鷹師と稲田門下生
 恥ずかしながら、販売させて頂いた拙著も初日に完売し、また2日当日に入門してくれた方や、3日の実演直後に入門を申し出てくださった方がいるなど、嬉しい驚きも沢山あった2日間でした。震災の翌年ながら、このように希望に満ちた日を迎えられたことは、新たな夢の始まりを予感させてくれました。
 本実演に際し、御尽力頂きました主催の公益財団法人東京都公園協会ならびに共催のNPO法人東京臨海地域開発研究会の関係者の皆様、そして御観覧くださいました全ての皆様に厚く御礼申し上げます。

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