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御鷹場通信は諏訪流放鷹術研究所 所長のブログです
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ヤブハギ2011年 9月 12日 (月) 14時 59分
 幼い頃から関東の某プロ野球チームのファンで、今年はベテランのみならず次世代の中核として期待される若手の成長に注目しています。打率や防御率等の変動を眺めて一喜一憂したり、「シーズンシート」という言葉に抗い難い魅力を感じたりします。
 とはいえ外野スタンドに陣取るようなチーム偏重のファンというわけではなく、他球団の優れた選手を見るのも好きで、関西で暮らしていた頃は、甲子園で阪神ファン同様に歓声を上げたことも良い思い出です。勝敗も大切ですが、魅力ある選手のプレーは観戦の楽しみであり、そのような選手の増加が野球全体の人気を上げるのではないかと思います。逆に、活躍中の選手を狙うビーンボールは試合をつまらなくしますし、マナーの悪い観客はその日を楽しみに訪れるファンを球場から遠ざけるばかりでなく、野球人気を下げてしまうと思います。
 集団競技の魅力はスター選手からそれを支える選手、スタッフ、コーチ陣、そして監督といった様々な視点に立って楽しむことができることではないかと思います。スターにはスターの苦労があり、支える選手にも異なる苦労があります。それを感じさせないほど、さりげなく難しい技を披露してくれる彼らから、いつも元気をもらっています。
ヤブハギの花
 長く激しい雨をもたらした台風が過ぎ、晩夏の名残を惜しむような暑さが戻ってきました。雨の中でひっそりと咲いていたヤブハギは、他の強く根を張る植物には負ける弱さと同時に、気候の変動にも負けない強さを含有しているようです。

夏休み2011年 8月 29日 (月) 0時 08分
 電車で移動中、浴衣を着たたくさんの人々と乗り合わせ、今年は1ヶ月遅れで隅田川の花火大会が開催されたことを思い出しました。若い男女から高齢の方々まで、この日ばかりは美しく浴衣で着飾られている姿に涼を感じました。
 被害は大きくない関東でも、震災は人々の考え方や生き方に影響を与えたようです。私は以前より揺れを不快に感じるようになった程度ですが、食生活に過敏になったり、原発問題で活発に活動をしたりする人もおり、生活様式を考える機会となったばかりでなく、社会的に大きな転機となる災害であったのではないかと思います。
 実家に帰省すると、日除け対策やエアコンを使わない方法に工夫が凝らされ、発電式のラジオや懐中電灯が玄関に備えられていました。誕生日に母の手料理とお薦めのビールを片手に野球中継を見るという平凡な日常が送れることに、今年は特に感謝しました。8月は祖母の誕生日でもあり、亡くなった月でもあります。思い出されるのはシンプルな言葉や生き様ばかりで、その大切さを日々感じるようになりました。
すりガラス越しのヤモリ

飴細工2011年 8月 18日 (木) 0時 08分
 暑さもピークを迎えたお盆休み、門下生とバーベキューによる懇親会を行いました。今年は食の安全性や屋外で実施することに関して不安があり、自粛も考えていたのですが、門下生の希望で実施することに致しました。当日は快晴に恵まれ、猛暑とはいえ木陰の下は快適で、のんびりとした時間を過ごすことができました。
 また私の誕生日が近いことを知った門下生からサプライズプレゼントを頂き、本当に驚きました。それは私の鷹をモデルにした飴細工で、『吉原』という日本で唯一の専門店に依頼して作成してもらったそうです。その他、思い思いに持ち寄ってくれた食材や炭など、皆さんの心遣いにとても感動しました。こじんまりした懇親会でしたが、思いやりの温かさをあらためて深く感じる機会となりました。
 飴細工の歴史は平安時代から始まり、熱いままの状態の飴を職人が手を使って約3分の間に仕上げる製法に、日本の独自性があるそうです。食の伝統文化が見直されている現在、日本の職人の技が伝承されていることを嬉しく思います。
飴細工のオオタカ
 今年は若く熱意ある門下生が入会し、また現在、問合せてくださっている方とお会いできる日も楽しみにしています。バテがちな日々、真摯に学ぶ皆さんの姿勢から学ばせて頂くことが多々あり、ともに頑張ることが励みとなっています。

イシナシ2011年 8月 11日 (木) 20時 55分
 車で帰宅途中、突然の黒雲が天上を覆い、花火のような稲妻が縦横無尽に空を翔けるところが見られました。あっという間に河のように水が溢れる道路を通過しながら、昨年の夏を思い出したりしました。「ゲリラ豪雨」という言葉が定着し、横に走る稲妻が珍しくなくなった現在、子どもの頃に感じた夏とは確かになにか違うような気がします。それでも再び好きな季節を迎えられたことを嬉しく思います。
 果物の美味しい季節、なかでもナシは種類に限らずよく手に取ります。奥多摩にナシの原種ともいわれるイシナシの大木が一本あり、今年もたくさんの実がなりました。届かないほど高いために眺めるばかりですが、熟れても非常に固い果実はリスが齧る程度で、果実酒にすると香りが良いという話も聞きますが食べる気になりません。是非はあると思いますが、品種改良は人間の技術であり、環境の変化に順応する人間をふくめた生物の能力には強い生命力を感じます。
 お盆では、訪れた先祖の魂は再び旅立ちますが、留まり続ける幽霊は恨みや現世への未練が強すぎるといいます。幽霊話がこわがられるのはそのような噂が原因だろうと思いますが、「恨み言」という言葉には「愚痴」の意味もあります。私は単純な人間なので意識しませんが、過去や負の感情に囚われやすい人は、ご先祖様に心配をかけないよう、この時期は特に気をつけて過ごされた方が良いのかもしれません。などと、落雷で今月2度目の停電になった室内で考えました。
イシナシの実

夏雲2011年 7月 29日 (金) 15時 04分
 お問合せに関する返信が遅れることがあり、ご迷惑をおかけしております。月例講習会は、今年度は門下生の負担等を考え、前期と後期の二部構成で実施させて頂いております。なお、8月は鷹の塒入(とやいり:換羽期)でもあり、夏休みとさせて頂き、後期は10月より開始予定です。9月に文化講習会を実施いたしますので、お気軽にご参加頂ければ幸いです。
 どちらかというと野球派の私ですが、あきらめない強さを示したなでしこジャパンの試合には感動しました。主催国ドイツの観客の清々しい応援や、対戦国アメリカの選手たちの堂々とした態度も魅力的でした。幼い頃からたった一人で男性に交じって頑張った澤選手の逸話を聞き、その意思の強さに敬服しました。
 最近は、多くの女性から講習会に関するお問合せを頂き、主体性のある女性が増えていることを嬉しく思います。武士階級でさえ「妻女」という記録しか残らなかったような時代を思えば、現代の女性の権利は高いといえます。が、生活が楽になったわけではなく、選択の自由は迷いや悩みの種を生じさせることもあるように感じます。
校内から夏空を望む
 今週届いたエイミー・ワインハウス逝去の報には、ご冥福をお祈り致します。精神の不安定なアーティストは枚挙にいとまがありませんが、27歳で夭折したスターのジンクスに依ることを意識したのだとしたら残念に思います。永遠のスターになるより、格好悪くても生きる道を選び、苦難の果てに見えた世界を歌にしてもらいたかったと思います。
 とかく生きづらい世の中ではありますが、ジャニス・ジョプリンをモデルにしたとされる映画『ローズ』でベット・ミドラーが歌うように、もし「愛が花であり、私たちが種である」のなら、大輪の花は心次第で咲かせることができるのだろうと思います。

ホトトギス2011年 7月 11日 (月) 1時 25分
 梅雨明けを迎え、夜更けに響いていたホトトギスの鳴き声が里から山へ遠ざかっていったようです。時鳥とも呼ばれ、短い夏を象徴するかのようなそのおとないはどこか深く耳に残り、文藝上最も愛好されたという理由がわかるような気がします。
 先々週、先週と知人の親が亡くなったという便りが届きました。お会いする機会には恵まれませんでしたが、ご冥福をお祈りいたします。刑事コロンボ』で知られるピーター・フォーク氏や『ピグマリオ』などで知られる和田慎二氏も亡くなられ、一つの時代が終わったような感慨深い気分になりました。
 ホトトギスの由来には、弟が自分よりも得をしているのではないかという疑心を抱いた兄が弟を殺し、後悔するという悲劇的な伝承等が残されており、万葉集には切ない恋の歌が多く残されています。
手水鉢に映る太陽
 鳥の心はいざ知らず、来年に聞くその声がたとえ同じ鳥のものでないとしても、夏の訪れを告げる響きを再び聞きたいと思います。そのような希望があるからこそ、いつか誰もが辿る道を受け止められるのではないかと思います。蛇足ながら、万葉集から好きな歌を一句紹介させて頂きたいと思います。
巻八、一四八一「我が宿の花橘に霍公鳥今こそ鳴かめ友に逢へる時」

『教草』2011年 6月 11日 (土) 2時 54分
 Traditionの訳語としての「伝統」という言葉が無かった江戸時代、薩摩藩士として英仏を視察し、大英博物館等を見て回った町田久成は、明治時代に大久保利通に博物館建設の必要性を説き、東京国立博物館創設に尽力されたそうです。
 新しい政権による時代を迎える時、対照的に古い政権の下で育てられた産業や文化は否定されがちです。時代や歴史の分類が後世の研究者によって為されるものである以上、その価値判断も例外ではありません。
 町田氏は同博物館の初代館長に就任しましたが、薩長内の政争や俗世が嫌になり半年余りで職を辞し、仏門に帰依したそうです。同氏の名は明治6(1873)年に開催されたウィーン万国博覧会の図説をもとに編成された『教草』の「鷹狩一覧」の撰者等に残されています。
『教草』 東京国立博物館蔵 恒和出版刊
『教草』は教材を意味し、同書は多くが伝統的な食材に割かれており、日本人がいかに手間をかけて素材を生かしてきたかを知ることができます。同時に「鷹が追った鳥の在りかを教える」という意味もあります。町田氏がそれを意識されたかどうかは定かではありませんが、江戸時代の藩士の高い知性が感じられます。
 宗教関連の本が売れ、結婚する人が増えているそうで、震災による不安は自身との対話を促しているようです。内に籠りがちな生活のせいか文章も湿り気味だったようで、心配してくださった方には御迷惑をおかけしました。

森林セラピー2011年 6月 08日 (水) 0時 08分
 5月28日、産経新聞とJTBの企画による観光ツアー「鷹匠と会う奥多摩森林セラピー日帰りバスの旅」が実施され、鷹師がこれに協力して講演会を行いました。同ツアーは東日本大震災のため3月12日から延期されていたもので、当時はなかなか電話が通じず、高速道路も使えない状態で、延期の情報伝達さえ御苦労されたようです。
 当日は霧雨のそぼふる肌寒い一日でしたが、霧がかる奥多摩の新緑は眼に鮮やかで、参加者の皆様には散策を楽しんで頂けたようです。日本の鷹狩文化や諏訪流について等を講演された後、JTBが御用意してくださった宮内庁御用達のお弁当を一緒に頂きました。浜離宮にもお越しくださった方がお声をかけてくださるなど嬉しい出会いもあり、このような江戸東京の文化としての鷹狩を皆様に御理解して頂ける機会をつくって頂いたことに感謝致します。
 時にマイナスイオンが身体に良いと言われ、今は雨に打たれない方が良いなどと言う声も聞きます。目に見えないそのような話の真偽のほどはわかりませんが、森は常にそこにあり、人は訪れるために理由を求めるのではないかと思います。セラピーという言葉が定着する以前から、散策は心を癒してくれます。
講演会の様子

捕食者2011年 6月 04日 (土) 23時 08分
 昨年も同じ巣箱に入ってくれたシジュウカラの雛たちの育つ声が漏れてきて、巣立ちの日を楽しみにしていた雨上がりの昼、侵入してきたアオダイショウに全て食べられてしまいました。巣箱に潜む姿に気づかずに戻ってきた親がうっかり入口の縁にとまったらしく、親の羽根も巣の外に散らかっていました。
 捕食者が持つ独特の感覚には驚くものがあります。今年も巣をかけてくれたリスがカラスに食べられてしまいましたが、巣を覗くことができるカラスたちはともかく、中の見えない巣箱の雛たちが育っていることがなぜわかるのか不思議です。彼らはある程度大きくなるまでどこかでじっくり待ち、食べ頃を見計ったかのようにやってきて食べ尽くしてしまいます。
 人間もやはり捕食者ですが、このような被害を見るにつけ、せめて少し残しておけばいいのにと感じ、それが「情」ではないかと思っていました。「衣食足りて」というほど満たされてはいなくても、食べるためだけに生きているわけではない、と突っ張ることは時に滑稽かもしれません。が、それが人間が人間たる所以ではないかと考えると、残しておこうと考えることは「知」なのだなぁと思うようになりました。
巣箱から顔をのぞかせるアオダイショウ

中原街道時代まつり20112011年 6月 04日 (土) 22時 02分
 御報告が遅れて御迷惑をおかけしましたことをお詫び致します。 
 このたびの東日本大震災のため、開催が危ぶまれていた中原街道時代まつりが5月15日、無事に実施されました。本年は多くの事業が中止または延期を余儀なくされる中で、地元のNPO法人らの御尽力によって継続されたことには頭が下がります。地元の活性化に繋がるよう、微力ではありますが、恩返しできることを嬉しく思います。
 当日は初夏の厳しい暑さだけでなく、強い風のため砂ぼこりの舞う一日となりました。そのような状況が気がかりだったため、思わず慎重な対応を鷹師に進言しましたが、結果的には全く問題なく、全ての実演内容を終えることができました。取り越し苦労のため鷹師にはご迷惑をおかけしましたが、そういう意見も必要と言って頂けて救われました。
中原街道時代まつり チラシ
 実演は技の披露の機会だけでなく、鷹狩文化の表出の一つでもあります。伝統から広義の娯楽まで、アイディア次第でまだまだ多様な可能性があるように感じました。個人的には鷹のあしらいについて普段当然のことと思っていた中に大事な技術があったことに気づき、貴重な一日となりました。私の犬も参加できて興奮したためか、帰るとすぐ寝ていました。
 文化を支えるには、確かな技はさることながら、不況や震災といったあらゆる困難な状況にあってもなお残そうとする心の強さが必要であるように思います。続ければ続けるほど技の奥深さを実感するばかりですが、長い歴史ある文化の流れの中で生きていられる限り、精進したいと思います。
 実演の実施にあたり、御尽力下さいました中原街道時代まつり実行委員会ならびにNPO法人日本伝統文化福祉振興協会の皆様ならびにご関係者の皆様には厚く御礼申し上げます。

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