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御鷹場通信は諏訪流放鷹術研究所 所長のブログです
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武蔵野2011年 2月 28日 (月) 1時 26分
 先日、長距離を運転するという知人が600kmは止まらずに走れるというので、眠くならないのかと聞いたら、色々考え事をしているので平気だと言われました。考え過ぎると運転の気が散ると思い避けていたのですが、眠くなってしまいますので、今度試してみようと思います。
 所用があり多摩地域に出かけた帰り道、迷い込んだ細い道からわずかに残った畑に偶然再会しました。それは武蔵野という言葉がしっくりくる涼やかなケヤキの雑木林で、故花見先生も歩かれたことのある狩場の一部でした。落葉樹の林の中は木漏れ日に溢れて非常に歩きやすく、かつては沢山のキジやコジュケイが見られましたが、現在はショッピングモールやいくつも交叉する幹線道路に分断され、気配さえ感じられませんでした。普段はあまり感傷的ではない私でも、リリー・フランキー氏の好む表現で言うところの、甘ずっぱいような感覚が蘇りました。
 江戸や東京の武蔵野に生きた鷹匠と鷹、そして林も消え、せめてそれを覚えておくことで恩返ししたいと思っても、私の命も鷹と共に消えていきます。世代が違えば感覚も生きてきた道程も異なり、築く文化もまた同じではありません。だからこそ時代の変遷を経てもなお伝統が息づくことができると知りつつも、どこかもの悲しくもありました。
武蔵野のケヤキ林
 おそらく人間は何千年もこのような問いを繰り返しているはずですが、生物としての人間は、ただ生きて他の命をもらい、いずれその命と共に往生する、という生き方自体に生きる意味があると思います。文明を築く存在としての人間の生き様は、死に様によって誰かの心に残り、当人の想像しない形で昇華されていくのではないかと思います。

胡を憂う2011年 2月 26日 (土) 11時 52分
 寒さもようやくやわらぎ、里山に梅が目立つようになりました。清楚な雰囲気の中にも存在感のある甘い香りが、春を引き寄せるような気がします。
 この時期はフィールドワークや修行に行くという学生や研究者が多く、また就職を前に旅に出るという知人の話を聞き、皆さんの夢に触れることができて楽しくなりました。良い話や言葉には、元気を与えてくれる力があるのかもしれません。
 ハヤブサを謳ったと思われる漢詩に「胡を憂うかのような眼差し」といった表現があります。胡はえびすとも言われ、中国の北方や西方に住んでいた遊牧民族の総称でした。漢字自体にはあご髭を生やした人という意味があり、異民族、匈奴、西域等を表します。漢民族以外という意味の範疇では悪い表現として使われることもありますが、日本人にとっては異国という以外に特に悪い意味はありません。
林間の白梅
「北方に生まれ他の地にいるウマが北風に故郷を懐かしむ」喩えもあり、遙か彼方の西域にウマやハヤブサが快適と思える地があるのだろうか、もしあるのなら、どのような所だろうか。いつかその感覚に触れてみたい。などと半ば現実逃避的に旅に出たい気持ちを抑えて過ごしています。

スピン2011年 2月 14日 (月) 22時 30分
 先週金曜の夜に降り積もった雪は、土曜のお昼過ぎから降り始めた雨のために消えました。安心して車で帰宅する途中、車が急にスケートのように勢い良くつーっと滑り、180度くるりと回転して止まりました。初めてのことに一瞬何が起きたのかわからず、パンクしたのかと思いました。が、凍結した路面で滑ったようで、幸い対向車も後続車もありませんでしたので、大事に至りませんでした。雪が降る前に塩を撒かれていましたが、雨とともに流れてしまったのかもしれません。
 凍結した道路では急ブレーキを踏まない方が良い、ということを知識として知っていても、つい反射的に踏んでしまうことを実感しました。月曜の今日、昼過ぎから突然前が見えないほどのぼた雪が降り始め、夕刻には道路が見えなくなりました。慌てて帰途に就く道すがら、私が滑ったところはすでに軽自動車とトラックが接触して片側通行になっていました。先日の経験は今日のためにあったのだなぁと運に感謝しつつ、慎重に2速で通り過ぎました。
 今年一番の降雪でしたので、明日は広域で雪が残り、固まっているだろうと思われますが、出来る限り安全運転で臨みたいと思います。
カヤの木に積もる雪

発達2011年 2月 04日 (金) 0時 02分
 昨年末、甥が某国立大学の付属小に合格したという嬉しい知らせをもらいました。一昨年生まれた姪も非常に元気で可愛い子で、想像よりも確かな重みに感動したことが思い出されました。身近にそのような経験を得られることを幸せに思います。
 子供の発達に比べると大人の進歩はとてもゆっくりですが、それでも少しは良くなっていきます。かつては鍛えられないとされた筋力が、90歳でも向上できることがわかってきたように、身体能力ばかりでなく、脳や感覚的な経験知といった部分も刺激を与えることで、改善あるいは向上されるのではないかと思います。
 私の犬はおっとりしていますが、だいぶ感覚的に良くなってきたように感じます。優れた犬は1歳になる前から能力を発揮するようですが、それなりに良くなっていくもので、感覚は経験を重ねることで少しずつ磨かれていくのではないかと思います。
草むらを歩くヴィズラ

Monkey People2011年 1月 31日 (月) 3時 52分
AFCアジアカップを見事な優勝で飾り、祭りの後の余韻もそこそこに早々と所属クラブへ旅立つ選手たちを見るのは寂しいものがあります。出場機会を待って準備を怠らず、集中力を切らさなかった全ての選手の健闘を讃えたいと思います。
 ふとしたきっかけで記憶が蘇ることがあるもので、先日俳優の細川俊之氏が逝去された時、同氏を回顧する映像の中で「ラウル・ジュリアと40人の女たちが…」と言われるのを聞き、ある本が頭に浮かびました。
 ラウル・ジュリアはプエルトリコ出身の俳優で、無名時代のアルパチーノ主演『哀しみの街角』で友人役として出演していた時にその名を知りました。『推定無罪』ではハリソン・フォード以上に格好良い弁護士役を演じました。細川氏が述べたのはおそらく彼がブロードウェイで演じたミュージカル『NINE』のことで、近年ダニエル・ディ・ルイスが映画でその役を演じています。54歳で亡くなられる直前に出演した『ストリートファイター』や『闇に抱かれて』では、あまりに痩せた姿が痛々しく感じられました。
Monkey People (c)Rabbit Ears Productions,Inc
が、私が最も懐かしく感じたのは、彼が読み聞かせる英語教材に協力しており、そのカセットテープと本が家にあったからでした。コロンビアの民話『Monkey People』は、人間の手伝いを猿が全てやってくれるようになった結果、一人の男の子を残して、勤勉だったはずの人々が身体を動かすのも億劫なほど怠惰になってしまう、という話でした。彼のほど良い速さの語り口と美しい中低音は、今でも耳に残っています。

『逍遥の季節』2011年 1月 24日 (月) 0時 55分
 大寒を過ぎ、春の兆しが待たれる季節になりました。冷たい夜気の中、冴え冴えとした満月の美しさに、散歩も長くなりがちです。
 アジアカップでの日本人の活躍を観るのは楽しく、特に今回は早い段階で海外と国内で経験を重ねる選手の間に、とても高い一体感があるように感じられました。一方で、同じアジア人として近しい国々と闘い、勝ち抜かなくてはならないことは複雑な気分でもあります。
 先日、知人から乙川優三郎氏の著書を頂きました。とても素敵な本で、平凡で幸せな人生から外れ、日々の労苦を重ねながらもひたすら藝の道に生きる女性たちの生き方が綴られていました。贈ってくださった方の気持はさておき、その文体の美しさに非常に胸をうたれました。良い映画や音楽、食事等に出会うと幸せに感じますが、良い本に出会えた時の切ないような喜びには格別なものがあります。
乙川優三郎 『逍遥の季節』 (c)新潮社
「能ある鷹〜」の言葉を引くまでもなく、優れた方ほど自然なふるまいに見える所作の中に高い能力が感じられます。劣った者は、それを察することのできるレベルに達するよう修練する過程を通して、名人の技と対話できるようになるのではないかと思います。そのような過程の中で、少しでも進化が感じられると嬉しいものです。
 年始よりNHKのカメラマンの方の取材を受け、先日ニュース番組の中で紹介して頂きました。関係者の皆様には心より感謝申し上げます。客観的に見て未熟な部分も多々ありましたが、様々な角度から映像を捉えようと努力を重ねた撮影スタッフの熱意はとても勉強になりました。多少なりとも応えられたことを嬉しく思います。

冬の苔2011年 1月 15日 (土) 19時 30分
 先日、深夜に放送されたAFCアジアカップを最後まで見てしまい、寝不足のままに早朝の仕事に出かけることになってしまいました。一部の判定に消化不良を覚えた方もいたかもしれませんが、国際試合の経験を重ねる中で得られることもあるのではないかと思います。
 真冬の寒さに山々が色を失い、残された常緑の林も生彩を欠き、万年草でさえ枯れたように姿を消してしまう中、冷たい大地にひとつの苔が明るさを留めていました。苔は初夏が最も美しく見えるものですが、冬にも頑張っていることにあらためて気がつき、非常に力強さを感じました。ナウシカの温室の菌類にも似たそれはとても儚く、光に透けるほど細く寄り添うように生えていました。他の植物と一緒にすると負けてしまうそうです。
 強さ、弱さは一面的には図れないですが、厳しい条件下でこそ映えるものもあります。そのような逞しさの中に、密かな強さを感じます。
ツチノウエノコゴケ

夢を追う人2011年 1月 09日 (日) 0時 19分
 滞在したホテルの最上階から、遙か彼方の東京スカイツリーを望むことができました。が、すでに530mを超えているにもかかわらず、園内からは全く見ることができませんでした。姿が見えないと、時にその存在すら忘れてしまうことがあるのですから、人間は単純なものです。
 昨年末にオーストラリアから友人が戻ってきたので、新春にディナーを楽しみました。晩年のヘルマン・ヘッセのように庭仕事、藝術、そして哲学的な日々を過ごしたい、と夢を語る彼女のため、手伝えることはあまりないのが残念ですが、せめて一緒に良い思い出をつくりたいと思っています。
 また古い友人から、年末の某格闘イベント出場を目指して頑張る、というメールが届きました。他人から見ればたとえ格好悪く些末な目標に見えるようなことであっても、そのような夢を持てる人は幸せではないかと思います。私が友人たちから励まされているように、私も誰かの励みになれたなら嬉しく思います。
東京スカイツリーと浜離宮恩賜庭園
 全ての夢を追う人に運命は優しくないかもしれませんが、その人なりの努力を重ねれば、振り返った時にきっと次の目標への手がかりが得られるのではないかと思います。

浜離宮20112011年 1月 07日 (金) 11時 47分
 1月2日と3日の2日間、東京都立浜離宮恩賜庭園において、恒例となりました新春の放鷹実演が実施されました。本年で19年目、オリンピック招致活動を含めると20回目の実演を迎えられることになりましたのも、ひとえに御観覧に足を運んで下さる皆様のお陰です。
 都心は冷え込みましたが好天に恵まれ、とても過ごしやすい年始となりました。毎年2日間、計4回の実演で2万人前後の方にお越し頂いていますが、本年は某TV番組等のお陰などもあり初日の午前中だけで6000人以上のお客様がいらしたそうです。これほどのお客様が訪れてくださったのは、ハヤブサの急降下を初めて実施した時以来のことではないかと感じました。
 本年も浜離宮を取り巻くように新しい高層ビルが立っており、ハヤブサにとって益々の厳しさを感じましたが、昨年末のリハーサル、2日、3日の計3回にわたり、同じ1羽のハヤブサを使いました。他に使える鳥がいなかったためで、鷹師が塒の途中であったハヤブサを急遽調整してくれ、全て成功することができました。屋上からハヤブサを拳から放つ瞬間の緊張感は特別で、リハーサルの時が最も心配です。本年はリハーサルが好調であったため、本番では比較的安心して見ていられました。またお帰りの際には沢山のお客様から喜びのお声を頂きました。
屋上の風景
 私の鷹は「飛び流し」という技を担当し、本年はとても安定したコンディションで仕上げることができました。リピーターが増えてきたことを年々実感致しますが、お声をかけて下さったり、昨年の写真を届けて下さったりする皆様には感激もひとしおです。
 今回の放鷹実演に際し、主催の財団法人東京都公園協会、共催のNPO法人東京臨海地域開発研究会、その他関係者の皆様、ならびに御観覧くださいました全ての皆様に厚く御礼申し上げます。

年頭の御挨拶とUNESCO無形文化遺産登録2011年 1月 05日 (水) 21時 52分
 新しい年を迎え、皆様におかれましては御健勝のことと存じます。本年も御理解・御支援のほど、宜しくお願い申し上げます。
 昨年を振り返ると、国内の活動では文化事業への協力をさせて頂き、大変光栄な一年となりました。また海外の文化交流により、日本の放鷹文化をあらためて包括的に眺めることもできました。
 なかでも昨年最も大きなニュースは、2010年11月15〜19日、ケニアの首都ナイロビで開催された「第5次ユネスコ政府間委員会(UNESCO Intergovernmental Committee)」の会議で、鷹狩(Falconry)が人類の無形文化遺産(Intangible Cultural Heritage for Humanity)に登録されたことでした。これはベルギー、チェコ、フランス、韓国、モンゴル、モロッコ、カタール、サウジアラビア、スペイン、シリア、アラブ首長国連邦(UAE)の計11ヶ国の共同申請によって達成されたものです。特にUAEのリーダーシップによる尽力は大きく、放鷹文化の保存活動において、今後益々その役割は高くなると思われます。
ハヤブサと伝統的な鷹道具、獲物(UAE)
 残念ながら日本には他国と協調するという方針がなく、このような前例のない「共同申請」という国境を越えた申請・登録方法は、無形文化を評価する方向性に新たな指針を示したののではないかと思います。ちなみに日本からは、昨年は組踊と結城紬が登録されています。
 日本の鷹匠として、世界の鷹狩が無形文化として理解され、その保存に尽力した鷹匠たちの努力が評価されることは非常に喜ばしく思います。が、登録されたからといって必ずしも鷹匠が保護されるわけではなく、上記11ヶ国の鷹匠でさえ出稼ぎに出ている人々が沢山います。「国に帰りたいが、帰っても仕事がない」と嘆く友人の話を聞くと、まだまだ課題が多く残されていると感じます。

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